低分子の検出は、臨床診断、環境モニタリング、食品安全といった分野において極めて重要である。CRISPR-Cas12aバイオセンサーは、その簡便性と感度で知られており、低分子検出の有望な基盤を提供する。しかしながら、現在のCRISPRベースの検出法は、複雑な設計要件、高いバックグラウンドノイズ、様々な標的への適応性の限界といった課題に直面している。
中国の研究チームは今回、スペーサーとスキャフォールドを分割した"スプリットcrRNA"を採用し、スキャフォールド鎖に空間的障害を誘導するSBS-Cas(Spatially Blocked Split CRISPR-Cas12a system)システムを設計・実装した。
"スプリットcrRNA"のアプローチはすでに実装されていたが [*]、研究チームはスキャフォールド鎖の3’末端を低分子で修飾しても、Cas12aのトランス切断活性の活性化は阻害されないこと、しかし、修飾低分子に高分子が結合すると、高分子による空間的な障害によってスキャフォールドとCas12aの会合が阻害され、Cas12aの活性が完全に抑制されることを発見し、今回それを活かした。 [論文Fig. 1参照]。Cas12aの活性化は、空間的障害をもたらす高分子に競合的に結合する低分子を導入することで、実現する。
このアプローチは3つの明確な利点を提供する:
- 簡素な設計:このシステムは複雑なタンパク質構造を必要とせず、低分子の修飾はスキャフォールドの3’末端に限定されるため、繰り返し最適化する必要が無い。
- 低いバックグラウンドシグナル:高分子によって導入される空間的障害が、Cas12aによるスキャフォールドの組み立てを効果的にブロックし、トランス切断活性を根本的に抑制し、バックグラウンドノイズを低減する。
- 標的可能範囲の拡大:このアプローチは、分子相互作用と競合的置換の導入を通じて、低分子の定量的検出を可能にする。特定の既存の形質導入システムとの互換性を維持するだけでなく、さまざまな結合反応を通じてターゲット可能な分子の範囲を大幅に広げることができる。
研究チームは、抗原-抗体相互作用を含むいくつかの分子結合モードにわたる定量的低分子検出のためのSBS-Casの実現可能性とスケーラビリティを検証した。検出システムを最適化し、低バックグラウンドの利点を活用することで、低分子に対して優れた検出限界(ビオチンで10 nM、m6Aで1 nM、GSHで20 pM)を達成した。また、生細胞内の還元型グルタチオンのイメージングにも成功し、SBS-Casの細胞内分子をリアルタイムで検出できることを実証した。
さらに、1nt DNA拡張スキャフォールド戦略を適用して、拡張DNAに低分子を結合させることで、修飾の複雑さを軽減しながら検出可能な低分子の範囲を拡大した。
SBS-Casは、臨床、環境、食品安全アプリケーションのためのツールを強化するだけでなく、CRISPR研究を発展させ、分子検出工学における洞察と可能性の拡大をもたらすことが期待される。
[注] SBS-Casシステムで検証された低分子と高分子:細胞内在分子、代謝物、ビタミン、汚染物質;抗体、受容体、ストレプトアビジン, 修飾DNA
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[出典] "Spatially blocked split CRISPR-Cas12a system for ultra-sensitive and versatile small molecule activation and detection" Hu H, Guo S, Li Y [..] Li L, Zhou X, Cheng L, Xiao X. Nat Commun. 2025-05-30. https://doi.org/10.1038/s41467-025-60265-8 [著者所属] Tongji Medical College/Huazhong U Science and Technology, Wuhan Polytechnic U, City U Hong Kong.
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