-これまでの合理的設計 (rational design) と指向性進化 (directed evolution)に代えて
タンパク質工学は、酵素の特性改良や新たな機能を帯びたタンパク質の開発に不可欠な手法であり、タンパク質をベースとした医薬品や天然物の化学的生合成など、幅広い用途に利用されている。タンパク質工学における主要な戦略は、合理的設計と指向性進化である。前者は構造とおよび生化学の情報と知識を活用して変異を設計し、後者はランダムな変異のプールから所望の特性を示す変異体を選別していく。
微生物から発見されたCRISPR-Cas9エンドヌクレアーゼは、過去10年間で最も改変されてきた酵素の一つである。Cas9ヌクレアーゼは、ガイドRNA(gRNA)にガイドされて標的DNA配列を認識するが、gRNAは器質のDNAとの塩基対形成によって標的を決定する。その標的においてCas9がDNA二本鎖切断を誘導することで、効率的なゲノム編集が実現される。しかし、標的に対する特異性に限界があることが、ゲノムワイドなオフターゲット切断につながり、これがCRISPR-Cas9遺伝子編集技術の臨床応用において大きな懸念事項となってきた。
臨床応用におけるCRISPR-Cas9システムの限界を克服するために、標的特異性の向上を目指して、天然のStreptococcus pyogenes Cas9 (SpCas9) の改変バリアントが数多く開発されてきた。例えば、合理的設計を介して、eSpCas9(1.1)、SpCas9-HF1、HypaCas9、Cas9_R63A/Q768Aが、指向性進化法によって、evoCas9、Sniper- および Sniper2L-Cas9、HiFi Cas9、xCas9、LZ3 Cas9 が導出された。しかし、最近のハイスループットプロファイリング実験では、ほとんどのバリアントのオフターゲット切断率が依然として平均してオンターゲット活性の 33% を超えていることが明らかになった [*1, 2]。 evoCas9は、その優れた特異性と引き換えに、ヌクレアーゼ活性が犠牲にされている [*2]。
SpCas9は6つのドメイン(REC1、REC2、REC3認識ドメイン、RuvCおよびHNHヌクレアーゼドメイン、PAM相互作用 (PI)ドメイン)に折り畳まれており、そのアミノ酸配列全体が指向性進化アプローチの対象となっているものの、合理的に改変されたのは3つのドメインとその隣接するリンカーのみである。 eSpCas9(1.1)、SpCas9-HF1、HypaCas9ではそれぞれ、RuvCとHNH、RuvCとREC3、REC3の残基が変異しており、Cas9_R63A/Q768Aでは、RuvCとHNHの間、およびRuvCとREC1の間のリンカーの残基がアラニンに置換されている。さらに、これらすべての合理的バリアントは、タンパク質–核酸(またはRNA–DNA)相互作用を阻害して「過剰な安定化エネルギー」を除去し、オンターゲットだけでなくオフターゲットの結合および/または切断を可能にするという戦略に基づいている。 これは主に、合理的設計のための代替となる生化学的戦略の欠如と、基礎となる分子メカニズムの理解が不完全であることによる。
一方、単一分子解析からSpCas9ヌクレアーゼの特異性に関する二段階の動的メカニズムが明らかにされてきた。
まず、Cas9:gRNA複合体は、プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)と呼ばれる短い配列と、PAM近位のシード塩基相補性に基づいて、標的DNAに結合し、触媒的に不活性な中間体の構造(以下、I構造)を形成する。次に、PAM遠位におけるRNA-DNA塩基対形成により、Cas9:gRNA:DNA複合体内の構造再配置が誘導され、DNAが切断される活性な構造(以下、A構造)が形成される。このように、I構造はPAM遠位ミスマッチ識別のチェックポイントとして機能する。
重要な点として、I構造において、Cas9のREC2ドメインが、gRNA-TSヘテロ二本鎖形成時に相補標的鎖(TS)から部分的に脱ハイブリダイズしたDNAの非標的鎖(NTS)と相互作用することを示しており [*3]、これはクライオ電顕法による再構成構造によって裏付けられている [*4, 5]。このREC2–NTS相互作用は、I構造とA構造間の構造ダイナミクスを制御し、PAM末端側のミスマッチが切断能のないI構造に捕捉される上で重要な役割を果たしている [*3]。しかし、REC2ドメインには標的結合やヌクレアーゼ活性に直接関与する残基が含まれていない「非触媒性ドメイン」であることから、これまでREC2ドメインはCas9の特異性向上のためのエンジニアリングの標的となってこなかった。
重要な点として、I構造において、Cas9のREC2ドメインが、gRNA-TSヘテロ二本鎖形成時に相補標的鎖(TS)から部分的に脱ハイブリダイズしたDNAの非標的鎖(NTS)と相互作用することを示しており [*3]、これはクライオ電顕法による再構成構造によって裏付けられている [*4, 5]。このREC2–NTS相互作用は、I構造とA構造間の構造ダイナミクスを制御し、PAM末端側のミスマッチが切断能のないI構造に捕捉される上で重要な役割を果たしている [*3]。しかし、REC2ドメインには標的結合やヌクレアーゼ活性に直接関与する残基が含まれていない「非触媒性ドメイン」であることから、これまでREC2ドメインはCas9の特異性向上のためのエンジニアリングの標的となってこなかった。
韓国の研究チームは今回、Cas9ヌクレアーゼの特異性を高めるための新たな生化学的戦略を提示した。過剰エネルギーを不安定化する従来の合理的アプローチとは対照的に、短寿命の中間状態であるI構造を選択的に安定化させることで、
切断不可能な中間状態でオフターゲットをより効果的に分離する戦略である [Figure 2引用右図参照]。
切断不可能な中間状態でオフターゲットをより効果的に分離する戦略である [Figure 2引用右図参照]。 そのために、正に帯電したアミノ酸をREC2表面に組み込み、I構造におけるREC2-NTS相互作用を強化することで、in vitroおよびヒト細胞におけるオフターゲット切断を大幅に減少させた。さらに、REC2の改変を従来の合理的バリアントの変異のサブセットと組み合わせることで、Correct-Cas9(combined-with-rationally-engineered-REC-Two Cas9)と名付けたバリアントを開発した。数千のオンターゲットおよびオフターゲット配列におけるCas9活性を解析した結果、Correct-Cas9は、親バリアントであるREC2改変バリアントおよびSpCas9-HF1と比較して、ターゲット特異性が向上しており、新たな生化学的戦略と従来の合理的原理との相乗効果が実証された。
中間状態安定化という合理的なフレームワークは、多段階の動的メカニズムを備えた幅広い酵素システム、特に核酸をターゲットとするシステムに適用でき、酵素特異性エンジニアリングのための合理的設計ツールキットを拡張することにもなった。
[*] 参照crisp_bio記事
- 2023-03-13 Sniper-Cas9からの指向性進化により、高活性かつ高忠実度なCas9バリアント"Sniper2L"を作出;Sniper2L is a high-fidelity Cas9 variant with high activity.
- 2020-06-11 高精度版SpCas9の切断活性を任意の配列について推定できるDeepSpCas9variantsモデルを構築・公開;Prediction of the sequence-specific cleavage activity of Cas9 variants.
- CRISPRメモ_2018/06/14 [第4項] Cas9のRecローブのREC2ドメインがnon-target strandの再配置を介してDNA切断に関与する;Target Specificity of Cas9 Nuclease via DNA Rearrangement Regulated by the REC2 Domain.
- 2019-07-11 Cas9がdsDNAを切断する直前から直後まで協働するドメイン達のクライオ電顕スナップショット3枚;Cryo-EM structures reveal coordinated domain motions that govern DNA cleavage by Cas9.
- 2022-08-28 Cas9エンドヌクレアーゼのRループ形成とコンフォメーション変化を介した活性化機構;R-loop formation and conformational activation mechanisms of Cas9.
- 2025-04-26 CRISPR-Cas9が効率的なゲノム編集を実現する機構として, 迅速な2段階のターゲット捕捉過程を同定;Rapid two-step target capture ensures efficient CRISPR-Cas9-guided genome editing.
[出典] "A rational engineering strategy for structural dynamics modulation enables target specificity enhancement of the Cas9 nuclease" Sung K [..] Kim HH, Kim SK, Bae S. Nucleic Acids Res. 2025-06-20. https://doi.org/10.1093/nar/gkaf535 https://academic.oup.com/nar/article/53/12/gkaf535/8169775 [著者所属] Seoul National U, SNU College of Medicine, Hanyang U, Yonsei U, Yonsei U College of Medicine, Institute for Basic Science
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