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科学分野の比較的新しい論文と記事を記録しておくサイト: 主に、CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム編集, エピゲノム編集, 遺伝子治療, 分子診断/代謝工学, 合成生物学/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野) の観点から選択し、時折、タンパク質工学、情報資源・生物資源、新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症、機械学習・AIや研究公正からも選択

 ミトコンドリア病のこれまでの治療法は主に臓器特異的であり、脳や筋肉など、エネルギー需要が高く罹患しやすい組織を対象として、低分子化合物、代謝リプログラミング、またはミトコンドリア補充療法を用いて症状の緩和やミトコンドリア機能の部分的修正に止まり、治癒には至らない。また、ミトコンドリア病は最も発生率の高い遺伝性疾患の一つであることからも、永続的なミトコンドリアDNA変異を修正する治療法が必要とされている。

 近年、より精密な塩基編集技術により、ミトコンドリアDNA編集が疾患モデルマウスやラットの樹立や病原性変異の修正に十分な編集効率が得られるようになってきたが、核ゲノムを対象とする塩基編集やエピゲノム編集に比べて、臨床試験への展開が遅れている。核ゲノム編集にも限界がありミトコンドリアゲノム編集の限界と、オフターゲット変異、全身的および標的への送達、送達された編集因子の免疫原性など、かなり共通なところもあるが、ミトコンドリアゲノム編集に特有な限界がある。

 編集因子をミトコンドリアへ送達することが第一の課題である。CRISPR-Casゲノム編集技術の場合は、ガイドRNAの送達が特に問題になる [*1]。このため、これまで主としてガイドRNAを必要としないヌクレアーゼであるTALENや稀にZNFにDNA編集ドメイン(デアミナーゼ)を融合したシチジン塩基編集酵素(CBE)やアデニン塩基エディター (ABE) が構築されてきた。
 
 しかし、TALENとZNFには非特異的なDNA相互作用を起こしやすく、非標的部位での編集や標的部位周辺領域でのバイススタンダー編集に至るリスクが伴っている。この点では、ガイドRNAの改変で柔軟な対応が可能なCRISPR-Casシステムに対して、タンパク質の改変が必要になるTALENとZNFの方が不利である。

 ミトコンドリアゲノム編集における第二の課題は、核ゲノムと異なり、各細胞に数百から数千のミトコンドリアゲノムが共存し、また、野生型と病原性変異型が共存している状態(ヘテロプラスミー)に起因する。然るべき表現型効果を得るためには、一定の閾値を超える十分な数のミトコンドリアにおいて病原性変異を修正する必要がある。さらに、デアミナーゼの活性が配列に依存することも課題をもたらす。

 その中で最近の論文で、ミトコンドリアゲノムを対象とする塩基編集ツールの精度と効率が向上し、表現型の生成に必要なヘテロプラスミー閾値を超え、ミトコンドリア疾患の齧歯類モデル化が樹立されたことが報告されている [*2, 3]

 Nature 誌に掲載されたZhangらの研究では、ヒトの病原性変異に類似したマウスのミトコンドリアDNA変異70個を標的とするミトコンドリア塩基編集因子を最適化し、マウスで最大82%の効率、F1世代で100%の編集を実証し、オフターゲット編集は最小限に抑えられた [*2]。2つの主要なミトコンドリア病、リー病とレーバー遺伝性視神経症が、このマウスでモデル化された。Nature Biotechnology誌に掲載されたさらに2つの研究 [*3] では、リー病のラットモデルが樹立され、進化型CBEを用いて疾患原因変異を修正し、表現型を改善した。

 これらの研究は、ミトコンドリア疾患の動物モデル作成における大きな飛躍を示しており、ミトコンドリアDNAのヌクレオチドを正確に編集できる人工塩基編集システムの可能性を浮き彫りにした。しかし、臨床研究に展開するには、特異性と安全性の厳密な管理と、核ゲノムの場合に実現されたように塩基変換のさらなる多様化が求められる。

 動物モデルの作成には接合子注入によるmRNA送達が用いられた。しかし、臨床応用による治療への応用は、胚発生後期の治療には適用できない。成体組織への体細胞送達は依然として大きな課題である。眼、脳、または筋肉を侵す一部のミトコンドリア病では、アデノ随伴ウイルスベクターの局所注射が実現可能な場合があるが、核ゲノム編集システムで明らかになったように、全身への送達や中枢神経系などの到達困難な組織へのアクセスは、より困難である。ミトコンドリア疾患の表現型は、アクセスが困難な組織に多く見られるため、現在進行中の取り組みでは、より優れたパッケージングと送達のためにエディターのサイズを縮小することが試みられている。

[参考crisp_bio記事と論文]
  1. [*] 2022-11-12 CRISPR/Cas9によるmtDNA操作は, gRNAのミトコンドリアへの導入が課題である"Mitochondrial Genome Engineering: The Revolution May Not Be CRISPR-Ized" Gammage PA, Moraes C, Minczuk M. Trends Genet 2017-11-24/2018 Feb.
  2. [*] "Precise modelling of mitochondrial diseases using optimized mitoBEs" Zhang X [..] Yi Z, Wei W. Nature 2025-01-22.  [著者所属] Changping Laboratory, Peking U (Biomedical Pioneering Innovation Center, Peking-Tsinghua Center for Life Sciences)
  3. [*] 2025-06-12 これまでになく編集効率が高くオフターゲット活性が抑制されたミトコンドリア・塩基エディターを開発し, ミトコンドリア疾患ラットモデルの生成と治療を実現(2報)
  4. 2023-05-30 TALEを利用したDNA鎖選択的ミトコンドリアDNA塩基エディターmitoBE
  5. 2023-09-04 CRISPR非依存で、核、ミトコンドリア、および葉緑体ゲノムDNAの鎖特異的塩基編集を実現するCyDENT
  6. 2024-01-04 哺乳類細胞における効率的なT-to-GとC-to-Gのためのデアミナーゼ・フリーな塩基エディター 
  7. 2024-04-13 グリコシラーゼを改変することで、デアミナーゼ・フリーなG-to-Y塩基エディターを実現
  8. 2025-02-04 [総説]ミトコンドリアにおける塩基編集:原理と応用に向けた最適化
[出典] Editorial "Powering new therapeutics with precision mitochondrial editing" Nat Biotechnol. 2025-06-03/July. https://doi.org/10.1038/s41587-025-02693-x
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