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科学分野の比較的新しい論文と記事を記録しておくサイト: 主に、CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム編集, エピゲノム編集, 遺伝子治療, 分子診断/代謝工学, 合成生物学/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野) の観点から選択し、時折、タンパク質工学、情報資源・生物資源、新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症、機械学習・AIや研究公正からも選択

 ミトコンドリアは、酸化的リン酸化(OXPHOS)と呼ばれるプロセスを通じてエネルギーを産生し、生体における代謝とエネルギー供給において中心的な機能を担っている。ミトコンドリアは独自のゲノムを発現しており、このゲノムに、酸化リン酸化システムの重要なサブユニットがコードされている。しかし、細胞内において、外膜と内膜の二重の膜で細胞質から隔離されているミトコンドリア内部で遺伝子、mRNA,、およびタンパク質を操作する技術が不十分なことから、ミトコンドリア遺伝子発現の基盤となるメカニズムは未だ謎に包まれている。
[注] TALENやCRISPR-Casを利用したミトコンドリアDNAエディターが存在しないわけではないが不十分であった [crisp_bio 2025-07-06 ミトコンドリア病治療法としてのミトコンドリアDNA精密編集技術の可能性 ]

 University Medical Center Göttingenを主とするドイツの研究チームは今回、細胞質で合成されたミトコンドリアタンパク質がミトコンドリア内部へ輸送される機構を巧妙に利用することで、ミトコンドリア内で特定のmRNAの翻訳を抑制する技術を確立した。

 ミトコンドリアタンパク質のほとんどは、細胞質で前駆体タンパク質として合成され、その後、presequence(プレシーケンス)と呼ばれるミトコンドリア移行シグナルを含む短いペプチド配列が付加されることで、ミトコンドリアの外膜に位置するTOM複合体を介して、ミトコンドリア内へと輸送される。研究チームはクリックケミストリーを利用して、このプレシーケンスに、ミトコンドリアのmRNAに結合するアンチセンスオリゴヌクレオチドの一種であるモルフォリノ(morpholino)を結合し、細胞内に注入した。このプレシーケンスとモルフォリノのキメラは、細胞質からミトコンドリア内部へ移行し、標的のmRNAに結合し、そのmRNAへのリボソームの結合を阻害することで、mRNAのタンパク質への翻訳を阻害する。このアプローチにより、標的mRNAの翻訳が導入後3時間で阻害され始め、最大3日間維持されることが確認された。

 こうして確立された細胞内でミトコンドリア遺伝子の発現を抑制する技術を利用して、個々のミトコンドリア転写産物のサイレンシングに伴う核遺伝子発現の特異的な変化をモニタリングし、ミトコンドリアと細胞核の間のコミュニケーションの包括的な知見が得られた。

 こうしてミトコンドリア-細胞核間コミュニケーションは、標的のミトコンドリアmRNAに依存する特異的なパターンが観察され、さらに、COX1の翻訳サイレンシングに伴うミトコンドリア・プロテオームの速度論的変化の検討が可能になり、COX1合成の喪失に応答するタンパク質を同定するに至った。

[出典] "Silencing mitochondrial gene expression in living cells" Cruz-Zaragoza LD [..] Rehling P. Science 2025-07-31. https://doi.org/10.1126/science.adr3498 [著者所属] University Medical Center Göttingen, University of Göttingen, Max Planck Institute for Multidisciplinary Sciences, University of Würzburg, Fraunhofer Institute for Translational Medicine and Pharmacology
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