ゲノム編集技術は、高等生物における精密かつ大規模なDNA操作を実現する上で、非効率性、編集のスケールと種類の制限、組換え部位に残る望ましくない配列(scar: 傷跡. 瘢痕, 痕跡)といった課題を伴っている。中国科学院遺伝学・発生生物学研究所/中国科学院大学先端農業科学部の高彩霞博士率いる中国の研究チームは今回、植物およびヒト細胞において、キロベースからメガベース規模のDNA操作を傷跡なく(スカーレス (scarless)で)実現する2つのプログラム可能な染色体編集システム、PCE*とRePCE、を報告する。
[*注] PCEはprogrammable chromosome engineering(プログラム可能な染色体工学)に由来する
ハイスループット・エンジニアリングにより、可逆性を10分の1まで抑制されたLox部位を取得し、同研究チームが先行研究で開発していたAI支援タンパク質工学の手法 [*] をCreリコンビナーゼの改変に展開したAiCErecを適用することで、野生型の3.5倍の組換え効率を持つCreバリアントを作製した。
Re-pegRNAを介したスカーレスなアプローチ [本記事詳細の項を参照] を取ることで、編集精度がさらに向上し、染色体レベルでのスカーレスな挿入、欠失、置換、逆位、転座が実現された。
主な応用例としては、イネにおける除草剤耐性を付与する315kbの逆位誘導、スカーレスな染色体融合、ヒト疾患関連部位における12Mbの逆位誘導、などが挙げられる。
[詳細]
生命科学がゲノムの複雑性を解明し、医療と農業に変革をもたらす中で、精密な染色体編集技術の開発は、遺伝子操作、疾患治療、そして作物の改良における課題を克服するために不可欠となっている。次世代ゲノム編集ツールは、挿入、欠失、逆位、転座といった染色体レベルの改変を可能にする必要がある。これらのツールは、複数の遺伝子を導入するスタッキング(gene stacking)を可能にするだけでなく、ゲノム構造変異(SV)を制御することで植物形質を制御し、遺伝性疾患を治療することも求めらる。さらに、これらの技術は、遺伝的連鎖(genetic linkage)の再構築、稔性制御のための組換え頻度の調節、優れた野生遺伝資源アレルの利用を促進するためのリンケージドラッグ(linkage drag)の排除といった育種アプローチを促進する。さらに、精密な染色体再編成は、生体内での人工染色体の構築を可能にし、分子育種、合成生物学、そして分子治療における計り知れない可能性を秘めている。
ゲノム編集における近年の進歩の中で、大規模なDNA修飾法も、望ましくない挿入や欠失を引き起こす二本鎖切断(DSB)と非相同末端結合(NHEJ)に依存するアプローチから、DSBに依存しない技術へと進化してきた。そのような方法の一つとして、プライム編集(PE)において一対のpegRNAを利用するアプローチが挙げられ、哺乳類細胞における大規模なDNA改変が実現されている [参考例 crisp_bio 2021-10-15]。もう一つのアプローチは、部位特異的リコンビナーゼとPEを含むCRISPRシステムを統合したものであり、PASSIGE [crisp_bio 2024-06-12]、PASTE [crisp_bio 2022-11-29]、高彩霞博士らのPrimeRoot [crisp_bio 2023-07-22] に代表されるように、哺乳類細胞や植物における大規模なDNA挿入が実現されている。しかし、これらの技術は、非効率性、編集規模の限界、スカーレスではない、といった課題に依然として直面している。
リコンビナーゼを利用する組み換え技術の中でも、Cre-Loxシステムは、特にCRISPRと組み合わせることで、精密かつ大規模なDNA操作の可能性を示した [crisp_bio 2023-07-22]。しかし、このアプローチの展開は、組み換えられたDNAが元の状態に戻る場合があるというLox部位の可逆的な組換え活性の存在と、CreのDNA組換え効率の限界に、阻まれていた。
Creシステムは通常、順方向および逆方向の組換え活性が同等のLoxP部位を対にして利用する。一方で、Lox66/Lox71、LoxKR3/Lox71、LoxTC9/Lox71を用いるなど、逆方向の組換えを低減する取り組みが行われてきたが、可逆性の問題を完全には解決するには至っていなかった。さらに、Creの活性をプログラムすることは不可能なことから、その活性を高めるための取り組みは限られており、ほとんどの研究は標的特異性の変更に向けられていた。高彩霞博士らは今回、Cre-Loxシステムの最適化から着手した。
まず、Lox 部位の高い組み換え効率を維持しながら可逆性を最小限に抑えるために組み換え部位(recombination site: RS)を改変するためのハイスループットなアプローチを考案・実装し、可逆性を従来の10分の1にまで低減したCre-Loxシステム用の新しいRSを生成した。また、先行研究で開発していたタンパク質工学の手法AiCE(AI-informed constraints for protein engineering)[*] をベースにCre組換え酵素を最適化し、組換え効率を野生型Creの3.5倍まで向上させたCreバリアントを生成した。
こうしてCre-Loxシステムの革新に基づき、プライム・エディター (PE) を用いて方向性を変えたRS挿入を設計し、ゲノムDNA組換えを行うプログラム可能な染色体工学(programmable chromosome engineering: PCE)システムを開発するに至った。
このPCEシステムを細胞および植物に適用したところ、最大18.8 kbのDNA挿入、最大4 Mbの欠失、最大5 kbの置換、最大12 Mbの逆位、そして染色体転座を正確に生成し、効率は最大26.2%に達した。
研究チームは、PEの最適化とPAMレス化も実現し (SpRY-ePPEplusフレームワーク)、その上で、大規模なDNA操作後にLoxサイトを再プライム編集する (re-prime editing)するために、Re-pegRNAと称するpegRNAを追加し[Figure 5 B参照]、PAMによる制約を最小限に抑えつつスカーレスな染色体編集システムを実現し、これをRePCEと称した。
[*] AiCE関連crisp_bio記事
- 2025-07-16 蛋白質工学において, 構造的制約と進化的制約を汎用的な逆フォールディングモデルに統合するアプローチAiCEを考案・実装し, 塩基エディターの高精度化と高活性化に応用. ;"Advancing protein evolution with inverse folding models integrating structural and evolutionary constraints";次世代塩基エディターには、編集ウィンドウが約50%狭くなった塩基エディターenABE8e、忠実度が1.3倍高い塩基エディターenSdd6-CBE、そして活性が14.3倍に向上したミトコンドリア塩基エディターenDdd1-DdCBE
[大規模編集関連crisp_bio記事]
- 2025-06-26 [解説] DNA依存性DNAポリメラーゼを介したゲノム編集論文2報の紹介
- 2024-12-20 [NEWS & VIEWS] プライム編集 (PE) と部位特異的インテグラーゼの組み合わせによる大きな遺伝子ペイロードの統合
- 2024-02-16 CRISPR指向性インテグラーゼを利用して、DSBを誘発することなく、巨大配列のノックイン"ドラッグ・アンド・ドロップ"を実現
- 2024-03-10 Nature 誌2024年注目の7技術の一つ (2) - 大規模なDNA断片の挿入
[出典] "Iterative recombinase technologies for efficient and precise genome engineering across kilobase to megabase scales" Sun C, Li H, Liu Y [..] Gas C. Cell 2025-08-04. https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.07.011 [所属] Institute of Genetics and Developmental Biology CAS, College of Advanced Agricultural Sciences (University of CAS);グラフィカルアブストラクト
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