[注] Nature 誌が少子化の課題を3ページにわたる特集記事にてとりあげた。標題の予測は、米国ワシントン大学医学部保健指標評価研究所(Institute for Health Metrics and Evaluation: IHME)によるもの。
近年、かって考えられた無かったような急激な出生率低下が、かって考えられなかったほど多くの国で続いている。こうした「ベビー・バスト(baby bust)」の状況の中で、安定した人口増加を前提に構築されてきた経済においては、将来的なイノベーションと生産性の低迷、そして増加する高齢者を支えるだけの労働年齢人口の不足が懸念され、出生率が低い国は国際的競争力を失っていくことも想定される。
ベビー・バストには多くの国が対策を講じてきているが、これまでで最も効果的な取り組みでさえ、出生率の完全な回復をもたらす可能性は低いと見られている。そこで、出生率の低下を反転させることを目指すのではなく、人口減少を遅らせつつ将来の人口動態の変化に備える時間的余裕を求める姿勢へと転換すべきという考え方が出てきている。言い換えれば、出生率が低すぎなければ、出生率が低いままでも、メリットの方が大きくなる可能性があるという楽観的な見方である。
データが示すもの
20世紀半ば、世界の合計特殊出生率(以下、出生率)は5人だった。この20世紀半ばの急増はベビーブームとも呼ばれ、それが環境や社会にかける負荷を懸念する動きもひろがった。しかし、生態学者のポール・エーリックと保全生物学者のアン・エーリックの1968年の共著"The Population Bomb”に代表される人口過剰への懸念は一転した。過去50年間で人口増加は鈍化し、平均合計特殊出生率は2.2で推移している。約半数の国では、安定した人口を維持するために一般的に必要とされる2.1を下回っている。この数値は、その小さな変化が大きな影響を及ぼす可能性がある。例えば、出生率が1.9に対して出生率が1.7まで低下すると、人口が元の半分に減少するのが数年早まる。
世界の人口予測はIHMEの推計以外にも様々あるが、人口統計学者は一般的に、世界人口は今後30年から60年でピークに達し、その後減少すると予想している。国連によると、中国の人口は2022年頃に14億人で既にピークに達している可能性がある。インドも2060年代初頭に同様の状況になり、人口は17億人に達する可能性がある。米国の場合は米国国勢調査局が、最も可能性の高い移民シナリオを想定した上で、2080年に約3億7000万人でピークを迎えると予測している。一方、短期的に最も急激な人口減少の多くは中所得国(middle income countries)で見込まれている。キューバは2050年までに人口の15%以上を失うと予想されている。
サハラ以南アフリカは注目すべき例外である。2100年までに世界の出生児の半数以上がそこで生まれると予想されている。ナイジェリアの出生率は依然として4%を超えており、2050年までに人口はさらに76%増加し、世界で3番目に人口の多い国になると予測されている。しかし、この地域は世界で最も所得が低く、医療制度が最も脆弱で、食料と水の供給が最も不安定な地域の一つである。
出生率低下を引き起こしている要因は様々ある
出生率低下の要因は、避妊や教育へのアクセスの拡大から、人間関係や子育てに関する規範の変化まで多岐にわたる。どの要因が最も重要であり、それが地域によってどのように異なるかについては、議論が続いている。
世界的に、避妊へのアクセスがセックスと生殖の分離に貢献してきた。裕福な国では、パートナーとの関係や性行為の回数が減少している。オンラインエンターテインメントが現実世界の交流を凌駕しているという指摘もある。また、世界中の女性が教育とキャリアの機会を得るにつれ、多くの女性がより選択的になっており、女性は自立を望む一方で、多くの男性は「servant at home」を期待しているという説もある。この乖離が、韓国の「4つのノー」フェミニスト運動(多くの若い女性がデート、結婚、性行為、出産を拒否する運動)や、アメリカの女性の間で広まっている同様の「ボーイ・ソバー / boy sober*(男・断)」運動といったトレンドを助長している。[* soberは断酒の状態をあらわす言葉]。さらに、多くの若者が「良い」職につくためにより多くの教育を受けようとしている。
教育を含む子育てに伴うコストの上昇も出生率低下の要因である。14カ国14,000人以上を対象にした国連の調査では、39%が子供を持たない理由として経済的な制約を挙げている。米国の都市では、住宅価格の上昇が最も急速だった地域で出生数が最も急激に減少している。
ベイビー・バストのその他の要因として、環境毒素との関連が疑われる精子数の減少が挙げられる。また、多くの将来親になる人々の間で、政情不安や環境不安に対する不安が高まっている。
各国において、これらの多くの要因のうちどれが最も重要であるかは明らかではない。しかし、結局のところ、低出生率は「人々が望む数の子供を持つことを妨げる、破綻したシステムと制度を反映している」「それが真の危機だ」と、香港科技大学のStuart Gietel-Basten教授は述べている。
人口減少の影響と対策 - 特効薬・万能薬はない
ベイビー・バストの影響は、世界各地で異なる様相を呈するだろう。キューバ、コロンビア、トルコといった中所得国は、出生率の低下に富裕国への移民増加が加わり、最も大きな打撃を受ける可能性がある。
都市と農村の格差も深まるだろう。若者が田舎町を離れると、学校、スーパーマーケット、病院などのインフラが閉鎖され、さらに多くの若者が町を離れることになる。残るのは高齢者であることが多い。
高齢化も人口減少がもたらす現象である。出生率が低下している国では、65歳以上の人口の割合が今後25年間で17%から31%へとほぼ倍増すると予測されている。平均寿命が延びるにつれて、物理的および財政的支援の需要は高まるが、供給には遅れが生じている。
出生率の低下を打破しようとしている国は様々な手段を試みている。これには、新生児一人につき1,000ドルを投資ファンドに提供するというドナルド・トランプ米大統領の提案のような金銭的インセンティブが含まれる。オーストラリアは2004年に3,000ドルの“baby bonus”を導入し、後に5,000ドルに増額した。この政策によって短期的には出生数が7%増加したが、家族が全体としてより多くの子供を持つようになったのか、それとも単に若い頃に子供を持つことを選択しただけなのかは未だ不明である。また、こうした“baby bonus”は、個人の選択よりも人口増加を優先し、避妊や中絶へのアクセスを制限し、従来の性別役割分担を強化することで、男女平等と生殖に関する権利を損なう可能性があると警告する声もある。
“Baby bonus”より効果的なアプローチとしては、手厚い育児休暇や育児・住宅への補助金などが挙げられる。北欧諸国は、父親の育児休暇を含むこうした投資の先駆者となった。しかし、これらの国においても、出生率の低下は他のヨーロッパ諸国よりも緩やかではあったが、依然として出生率の低下傾向が続いている。
研究者たちは、育児労働への価値を高めるなど、より多くの対策が講じられると述べている。「赤ちゃんを育てること、育てること、授乳することなど、赤ちゃんを育てることに関わるすべてのことが、安価な労働力として扱われている」とニューヨーク市立大学の社会学者Barbara Katz Rothman教授は述べている。しかし、これは育児コストの上昇をもたらす。
父親が育児を多く担う国は、出生率が高い傾向がある。ブルガリア、チェコ共和国、ハンガリー、ポーランド、ロシアで行われたある研究では、父親の育児への関与が高いほど、母親が第二子を出産しフルタイムで働く可能性が高くなることが示された。
ベイビー・バストに対する特効薬はない。研究者たちは、どんな政策もすぐに出生率を回復させることはできないと述べている。しかし、小さな改善でも積み重なれば、貴重な緩衝材となり得る。出生率が合計で0.2~0.3上昇するだけでも、出生率の低下を抑制し、各国に適応のための時間を与えることができる可能性がある。その間に、人々がより多くの希望を持てるような社会を模索し、やがて、移行するのである。
[注] Nature 誌記事ではこの後「新たな現実への適応」として、介護労働力の強化、社会保障税の上限引き上げ、退職年齢の引き上げ、移民、子供の貧困の根絶、人口減少がもたらすメリットなどを取り上げている。
[出典] NEWS FEATURE “People are having fewer babies: Is it really the end of the world?” Peeples L. Nature 2025-08-19. https://doi.org/10.1038/d41586-025-02615-6
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