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課題

 CD8+ T細胞は、腫瘍やウイルスに対する主要な防御を担っている。しかし、癌などの慢性疾患では、これらの細胞はしばしば癌細胞を殺傷する能力を失う「終末期疲弊/terminal exhaustion」状態に陥る(TEX<term>)。一方、組織常在記憶 (tissue-resident memory) T細胞(T<RM>)は、組織内での腫瘍増殖や病原体に対する長期的な防御を提供する。不可解なことに、TEX<term>細胞とT<RM>細胞は、機能的には正反対の結果(一方は有害、他方は保護的)を示すにもかかわらず、遺伝子発現パターンは類似している。この不可解な関係は、癌療法に向けて、保護的なT<RM>の形成を阻害することなく、疲弊したT細胞を以下に活性化するかという難題を突きつける。

難題解決に向けて

 ソーク研究所のSusan M. Kaech教授と UCSDのWei Wang教授が率いる研究チームは今回、この難題に取り組んだ。Atlas-guided discovery of transcription factors9つの状態にあるCD8+ T細胞からの [論文 Fig. 1の一部引用右図の a 参照] 、転写データ(RNA-seq)とエピジェネティックデータ(ATAC-seq)を統合しCD8+ T細胞の包括的なTF活性アトラスを構築した。統合にあたっては、先行研究で開発していた「TFの発現レベルだけでなく、遺伝子制御ネットワークにおける全体的な重要性に基づいてTFの活性を予測する」Taiji [Liu C et al., PLoS Comput Biol, 2022] アルゴリズムを用いて、真に選択的に活性な調節因子であるTFを特定し、CD8+ T細胞の9つの状態における活性なTFの包括的アトラスを構築した。
 さらに、CRISPR-Cas9とscRNA-seqを組み合わせたPerturb-seqを利用して、マウスのT細胞において個々のTFを正確に欠損させ、それぞれの欠損がT細胞の運命をどのように変化させるかを確認した。

難題解決

 一連の実験解析により、TEX<term>細胞とT<RM>細胞の分化に共通するHIC1とGFI1といったTFが特定された一方で、TEX<term>細胞分化を選択的に制御する複数のTFが特定され、その中には、T細胞においてこれまで機能が知られていなかったZSCAN20やJDP2など、Atlas-guided discovery of transcription factors RB Fig. 1TEX<term>細胞に特異的な新規TFも含まれていた [Research Briefing Fig. 1引用右図 a 参照]。これらの転写因子をコードする遺伝子を欠損させると、ヒトおよびマウスのT細胞において疲弊が抑制され、CD8+T細胞の機能が回復し [右図 b 参照]、かつ、有益なT<RM>細胞の形成は阻害されなかった。一方で、マウスにおいてT細胞からT<RM>細胞への分化を特異的に促進するT<RM>特異的因子としてKLF6が特定された。
 これらの発見は、疲弊と記憶に関わる遺伝子プログラムを機能的に分離することが可能であり、防御免疫を維持しながら機能不全を選択的に阻害できることを示している。
 今回の研究で得られたCD8+ T細胞の転写因子活性化アトラスは、精密なT細胞工学の設計図を提供する。疲弊特異的なスイッチを除去することで、持続的な防御機能を維持しつつ、がん細胞殺傷能力を保持するT細胞を設計できる。さらに、この計算・実験フレームワークは他の細胞種にも応用可能であり、より効果的な細胞療法の開発を加速させる。

展望

 今回、包括的アトラスの構築から始まって、CD8+ T細胞の分化を制御するに適した標的を特定することに成功したが、免疫系の複雑さゆえに、状態選択性は相対的なものであり、一部の転写因子は、今回のデータセットでは捉えられていない免疫環境下で機能する可能性がある。さらに、ヒトの腫瘍微小環境は、改変細胞の挙動に影響を与える抑制シグナルを導入する可能性がある。
 
 しかし、研究チームは疲弊誘導因子の阻害とKLF6などの免疫記憶促進因子の増強を組み合わせた、T細胞工学のための最適化された「レシピ」開発に取り込もうとしている。人工知能技術を活用したモデリングにより、これらの組み合わせを洗練させ、よりスマートで持続性の高い免疫療法の合理的な設計を可能にすることが期待される。

[出典] 
  • 論文 "Atlas-guided discovery of transcription factors for T cell programming" Chung HK, Liu C [..] Kaech SM, Wang W. (bioRxiv 2025-11-02) Nature 2026-02-04/03-26. https://doi.org/10.1038/s41586-025-09989-7 [所属] Salk Institute for Biological Studies (NOMIS Center for Immunobiology and Microbial Pathogenesis, Molecular and Cell Biology Laboratory) 米国, University of North Carolina at Chapel Hill (Lineberger Comprehensive Cancer Center, Dept Cell Biology and Physiology, Dept Pharmacology, Dept Microbiology and Immunology), University of Southern California (Dept Biomedical Engineering), UCSD (Dept Chemistry and Biochemistry, Bioinformatics and Systems Biology Program, Bioinformatics and Systems Biology Program, Dept Cellular and Molecular Medicine), UC La Jolla (Dept Bioengineering), Allen Institute (Institute for Immunology)
  • Research Briefing (著者らによる紹介記事) "Immune cells could be protected from ‘exhaustion’ by flipping genetic switches" Nature 2028-02-11. https://doi.org/10.1038/d41586-026-00391-5

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