Arc Instituteの上級計算科学者であるInna Averbukh博士とTech CenterにおいてIn vivo Functional Genomics groupを率いるDavid Lara-Astiaso博士 (ワイツマン研究所出身) を責任著者とするbioRxivプレプリントにおいて、CRISPR-Cas9 GEによる摂動(perturb)とその影響を、生体内における組織・細胞の分解能で捉えることを可能にしたPerturbSpaceが紹介されています。
[詳 細]
シングルセルRNAシーケンス(scRNA-seq)技術の登場によって、個々の細胞の特性と一連の遺伝子の機能への手がかりが得られるようになりましたが、多くの場合、細胞を組織を解離した瞬間に、組織内での空間的なコンテキストが失われてしまっていました。したがって、細胞が何であるかを捉えられようになりましたが、その細胞が組織内のどこにあり組織内で何をしているかを捉えるまでには、至りませんでした。
Arc Instituteの哺乳類モデル技術センターに所属するArcの生体内機能ゲノミクスチームは、Arc instituteでの仮想細胞(virtual cell) [#] イニシアチブのために、CRISPRスクリーニングを実施して高品質な組織コンテキストデータを取得しています。遺伝子ノックアウトが細胞が構築する構造をどのように変化させるか、あるいは、ある細胞のある遺伝子に与えられた摂動の影響が周囲の細胞にどのように伝播するか、といった事象を理解するには、空間コンテキストを伴ったデータ、しかも大量のデータが必要です。複数の研究チームが空間プロファイリングとCRISPRスクリーニングを組み合わせようと試みてきましたが、既存の手法のほとんどは、特殊な機器と複雑なワークフローを必要とし、チームが求める規模のCRISPR摂動スクリーニングに応えることができませんでした。
Arc Instituteを主とする研究チームがbioRxivプレプリントで紹介しているPerturbSpaceは、標準的なシングルセルシーケンシングのワークフローの前に、ラベル付けのステップを1つ追加するだけです。出力は、各細胞が組織の位置、トランスクリプトーム、CRISPRガイド(sgRNA)の識別情報、および実験に含まれるその他のモダリティとともに保持するデータセットです。概念実証として、PerturbSpacを利用することで3つの脾臓全体にわたる50の組織切片を1日で処理することができました [詳細は後述]。同等の画像ベースのアプローチでは、数か月を費やすことになったでしょう。
PerturbSpaceは、抗体でラベルを付ける(tagging)「組織ハッシング法」によって、単一の実験で器官スケールの空間プロファイリングを達成しています。この手法の中核となるのは、Survey Genomics社が開発したマイクロウェル・アレイ・チップです [共同筆頭著者の一人が同社の研究者です]。
アレイ上の各ウェルには、固有の空間バーコードと、DNAを含む膜に囲まれた核を持つ有核哺乳類細胞の表面に結合する抗体オリゴヌクレオチド複合体が搭載されています。組織の空間プロファイリングを行うには、組織をスライスし、チップ上に30分間直接押し付けます。すると、抗体が各ウェル上の細胞に空間バーコードを転写します。
次に、アレイから組織片を取り出し、単細胞懸濁液に解離させ、空間標識された細胞をFACSによってソーティングします。この濃縮ステップは、空間プロファイリング技術の中でもPerturbSpace独自のものであり、シーケンス前に特定の細胞集団を選択することを可能にします。ソーティングされた細胞は、標準的な10x Genomics社のシングルセルシーケンスワークフローに送られ、空間位置情報がカスタムシーケンスライブラリとして生成されます。
PerturbSpaceは標準的な単一細胞懸濁液を出力するため、シングルセルシーケンシングで既に機能しているあらゆる読み出し(例えば、CITE-seq [Stoeckius M et al., Nat Methods 2017]による表面タンパク質測定、ATAC-seqによるクロマチンアクセシビリティ、T細胞およびB細胞受容体プロファイリング、クローンバーコーディングなど)と互換性があります。
研究チームは、同じ細胞から空間トランスクリプトミクス、119種類のタンパク質を含むCITE-seqパネル、CRISPR-Cas9 GEを介した摂動、およびクローンバーコーディングを同時に実行することで、互換性を実証しました。その結果、90%以上の細胞が然るべく空間にマッピングされ、sgRNA検出効率は標準的なPerturb-seq法と同等でした。
PerturbSpaceの実証実験の一つは、「脾臓における再生造血において摂動がそれを担う細胞にどのような変化をもたらすか」を追究しました。移植後、造血前駆細胞が生着すると、それぞれの始原細胞は生着部位で分裂・分化し、脾臓コロニー形成単位(CFU)を形成します。CFUの構成は、その始原細胞の発生能を反映しています。
移植した前駆細胞を、40種類のエピジェネティック制御因子を標的とするsgRNAsと固有のクローン・バーコードで標識し、各コロニーを空間的に識別し、摂動によってコロニーのサイズ、構成、分化状態がどのように変化するかを調べました。50枚の脾臓切片において、19,174個のコロニーをマッピングしました。[Figure 2-b引用下図参照]
CEBPA(C/EBPα)の欠損による骨髄系コロニーの完全消失や、IRF8(Interferon Regulatory Factor 8)の欠損による単球系コロニーの特異的消失など、既知の生物学的知見が再現されました。
しかし、PerturbSpaceの空間的次元によって明らかになったコロニーサイズの変化は、従来のscRNA-seqでは捉えることが不可能なものでした。その一例が、驚くべきことに、 RCOR1(REST Corepressor 1)とGLTSCR1 (Glioma Tumor Suppressor Candidate Region Gene 1)への摂動によって、対照群よりも有意に大きな単球コロニーが生成されたことです。これは細胞の増殖が速くなったからではなく、両方が摂動を受けたことで細胞間接着遺伝子の発現が誘導され、成熟細胞が血流中に放出されるのが遅れたためだったのです。HDAC1(ヒストン脱アセチル化酵素1)ノックアウトでは、同じ接着プログラムのダウンレギュレーションによって、より小さな好中球コロニーが生成されました。このように空間的コンテキストの中で摂動の影響を捉えることで、想定していなかったメカニズムを発見するに至りました。
肝臓においてある細胞種に与えた摂動が周囲の細胞に及ぼす影響を捉える [FIgure 3-a引用下図参照]
実証実験のもう一つは肝臓を対象としました。成熟した肝臓常在免疫細胞においてIFNγまたは対照ペプチドを発現するマウスを作製し、PerturbSpaceを用いて、摂動を受けた免疫細胞と周囲のすべての肝臓細胞種を同時にプロファイリングしました。これにより、摂動を受けた免疫細胞に隣接するバイスタンダー細胞の転写状態を、摂動を受けていない近傍の細胞の転写状態と直接比較できるようになり、IFNγを分泌する免疫細胞が隣接する細胞のインターフェロン応答遺伝子をどのように活性化するかを検出することに成功しました。このような細胞自律的ではない摂動効果を、生理状態の組織内で捉えることは、これまで生体内摂動研究ではほとんど不可能でした。
PerturbSpaceの使用にあたって心得ておくべきこと
PerturbSpaceは生きた単細胞懸濁液への解離を必要とするため、標準的なscRNA-seqに耐えられない一部の細胞種には直接対応できません。また、空間分解能は単一細胞レベルではなく、近傍レベルにとどまるため、細胞形態や正確な位置特定はPerturbSpaceの限界を超えています。しかし、研究チームは、組織構造、遺伝子機能、細胞間コミュニケーションに関するほとんどの疑問に対しては、このトレードオフは許容範囲内だと考えています。
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[出典]
- 論文 "Spatially resolved, multimodal in vivo Perturb-seq using antibody-based cell hashing" Alexander A Nevue (1), George C Hartoularos (2) [..] Inna Averbukh (1), David Lara-Astiaso (1) bioRxiv. 2026-05-26. (Preprint) https://doi.org/10.64898/2026.05.25.727765
- Arc Institute, Palo Alto, CA, USA
- Survey Genomics, Berkeley, CA, USA
- Computational Biology and Health Genomics, Centre for Genomic Regulation (CRG), Barcelona, Spain
- Universitat Pompeu Fabra, Barcelona, Spain
- Department of Pathology, Stanford University, Stanford, CA, USA
- Division of Rheumatology, Department of Medicine, University of California, San Francisco, CA,USA
- Institute for Human Genetics, University of California, San Francisco, CA, USA
- Gladstone-UCSF Institute of Genomic Immunology, San Francisco, CA, USA
- Parker Institute for Cancer Immunotherapy, University of California, San Francisco, SanFrancisco, CA, USA
- Genentech, South San Francisco, CA, USA
- ブログ "PerturbSpace brings spatial context to in vivo CRISPR screens" Arc Institute. 2026-05-19. https://arcinstitute.org/news/perturbspace
- YouTube "PerturbSpace: Spatially resolved, multimodal in vivo Perturb-seq using antibody-based cell hashing". (2分25秒) Arc Institute 2026-05-27.




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