crisp_bio

科学分野の比較的新しい論文と記事を記録しておくサイト: 主に、CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム編集, エピゲノム編集, 遺伝子治療, 分子診断/代謝工学, 合成生物学/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野) の観点から選択し、時折、タンパク質工学、情報資源・生物資源、新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症、機械学習・AIや研究公正からも選択

 RNAを標的とするCRISPR-Cas13システムは、細菌において動的で多重な可逆的遺伝子制御を実現する可能性を秘めています。しかしながら、その普及には、Cas13dの非選択的RNA切断活性(コラテラル活性)に因る細胞毒性が障害になっています。上海交通大学微生物代謝国家重点実験室を主宰するYaojun Tong教授を責任著者とするNature Biotechnology 誌刊行論文において、Cas13dとcrRNAの改変を介して、標題の「分解・阻害・活性化」を多重化可能なRNA制御システム”SONAR (synthetic orthogonal nucleic acid activation and repression)”を紹介しています。
[詳 細]
課 題
 遺伝子発現のプログラム可能な制御は合成生物学の重要な目標ですが、細菌において遺伝子レベルの精度で実現することは、CRISPR-Cas GE技術の登場後も依然として困難です。ほとんどのCRISPRベースの制御システムは、DNAレベルで作用して転写を調節します。これらのシステムは強力ではありますが、細菌ゲノム構造の特徴であるポリシストロン性転写単位であるオペロン内の個々の遺伝子の発現を選択的に調整するには適していません。特に、オペロン内の1つの遺伝子を抑制しようとすると、極性効果によって下流の遺伝子の意図しないサイレンシングを引き起こす可能性が問題になります。
 この問題に対して、RNA誘導型RNA標的CRISPR-Cas13システムは、転写後に作用することから、潜在的な解決策となります。しかし、細菌への応用は、Cas13dのコラテラルRNA切断による細胞毒性によって制限されています。真核生物では、高精度に設計されたCas13変異体によってコラテラル活性による細胞毒性が回避された例が報告されていますが [crisp_bio 2022-08-20]、細菌におけるその性能は依然として不安定で、特性も十分に解明されていません。Cas13dの触媒活性を欠損させたdCas13ツールは、コラテラル切断を回避し、RNAレベルでの遺伝子抑制を可能にしますが [crisp_bio 2023-10-17]、オペロン全体のサイレンシングが必要な場合に、ポリシストロン性転写産物全体を迅速に分解する能力を失ってしまいます 。
解 決
 Yaojun Tong教授の研究チームはまず大腸菌におけるCas13dの活性がRNA切断の特異性と毒性(無差別RNA切断)にどのように関連しているかを体系的に解析しました。解析の結果、見かけ上の特異性は、これまで高精度変異体に関連付けられてきた個々の変異ではなく、Cas13dが宿主細胞内で実際に発揮する活性によって主に決定されることが明らかにななりました。この観察結果は、同時期に発表された真核生物におけるCas13dの振る舞いと整合していました。そこでは、Cas13dは高発現した場合のみコラテラル活性を発揮することが見出され、Cas13dに因る遺伝子治療の安全性を高めることが可能であるとされていました。 [crisp_bio 2025-02-19]
 研究チームは、触媒中心に隣接する柔軟なループ領域を短縮することでCas13dの活性を弱め、野生型Cas13dに対して、RNase活性を調節可能で細胞毒性が著しく低い、段階的に活性が弱められたCas13d変異体atnCas13dと命名)を作製しました。このatnCas13dでは、効果的な転写産物ノックダウンと毒性の大幅低減が両立されています。
 研究チームはさらに、crRNAスペーサーの5'末端近傍にミスマッチ変異を導入することで、RNA切断と標的結合を分離できることを発見しました [著者らによる論文紹介記事であるResearch Briefing内のFig . 1
参照]。標的RNAとcrRNAのスペーサーとの間にミスマッチが無い完全一致crRNAはポリシストロン性転写産物全体の分解を促進しましたが、7つの近傍ミスマッチを持つcrRNAは標的遺伝子の翻訳レベルでの抑制を維持しつつ切断を抑制しました。研究チームはこの制御範囲を拡大するため、先行研究に倣って  [crisp_bio 2022-08-21]、 atnCas13dに翻訳開始因子IF3を融合させ、標的mRNAの5'非翻訳領域に作用することで翻訳レベルの活性化をサポートする多機能エフェクターを作製しました。 
 こうして、SONARと命名されたこの単一タンパク質プラットフォームは、crRNAの設計のみで、転写産物分解、翻訳阻害、翻訳活性化を切り替えられるようになりました。
 大腸菌におけるリコペン生合成において、多重化されたSONAR制御は、競合遺伝子の発現を抑制すると同時に経路オペロンを活性化し、リコペン生産量を2.39倍へと増加させました。
[意 義]
 SONARは、CRISPR-Cas GE技術による細菌の遺伝子制御をDNAレベルの転写制御からプログラム可能なRNAレベルの制御へと移行させました。また、転写産物分解、翻訳阻害、翻訳活性化を単一のCs13dエフェクターに統合することで、このシステムは、これまで組み合わせることが困難であった2つの制御機構、すなわちオペロン全体のサイレンシングとポリシストロン性転写産物内の遺伝子特異的な調節を両立させました。
 さらに、SONARは、制御出力をエフェクタータンパク質の変更ではなくcrRNAによってコード化されるために、制御タンパク質を繰り返し再構築することなく、多重化された細菌遺伝子回路を構築するためのコンパクトかつ機能的拡張が容易なフレームワークをもたらしました。SONARが今後、ハイスループット機能ゲノミクスから動的な経路制御、微生物バイオ生産まで活用されていくことが期待されます。
 この研究は細菌の代謝工学に新たなツールボックスを提供したのに加えて、Cas13エンジニアリングにおける一般的な原理も明らかにしました。触媒中心近傍の柔軟な領域を弱めることで、RNA切断活性、特異性、毒性のバランスを調整できることが示唆され、RNA誘導型制御因子の設計において、ヌクレアーゼ活性の低下はむしろ利点となり得ることが示されました。
[出典] 
  • 著者らによる論文紹介 (Research Briefing) "Programmable control of bacterial operons with a single Cas13 RNA effector" Shengkun Tong & Yaojun Tong; Anke Becker (Philipps-Universität Marburg); Nature Biotechnology Editorial Team. Nat Biotechnol. 2026-06-03. https://doi.org/10.1038/s41587-026-03159-4
  • 論文 "Programmable, multiplexed and orthogonal gene control in bacteria with attenuated Cas13d systems" Shengkun Tong (1) , Yuxi Qin (1), Yaqian Sun (1) [..] Yaojun Tong (1). Nat Biotechnol. 2026-06-02. https://doi.org/10.1038/s41587-026-03160-x
    1. State Key Laboratory of Microbial Metabolism, Joint International Research Laboratory of Metabolic and Developmental Sciences, School of Life Sciences and Biotechnology, Shanghai Jiao Tong University, Shanghai, China.
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット