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 がん抑制遺伝子の APC や AXIN1 がコードするタンパク質を含むβ-カテニン分解複合体(β-catenin destruction complex:BDC)は、BDCはWNTリガンドが存在しない平常時は、文字通りβ-カテニンを分解へと誘導することで, WNT-β-カテニンシグナル伝達を抑制しています。こうしたBDCが変異すると、細胞増殖や癌化を促進することになります。その中で、APCの切断型変異がリガンド非依存的な発がん性シグナル伝達を引き起こし、ヒト大腸がん(CRC)の80%以上を駆動する原因となっていることが知られています。このため、APCを構成因子とするBDCは大腸がんの主な治療標的になっています。しかし、BDCは生化学的に極めて複雑なことから、BDCの変異による癌化促進の分子機構の解明は進んできませんでした。
 その分子機構の解明を目的として、スタンフォード大学医学部にヴァンダービルト大学と英国がん研究所が加わった研究チームが今回、APCに加えてBDCの構成因子をコードする遺伝子、CTNNB1、AXIN1、および GSK3B を対象として、アデニン塩基エディター(ABE)およびシトシン塩基エディター(CBE)を用いたタイリング(標的を覆い尽くす)・スクリーニングを行い、各因子に導入された変異がもたらすWNTシグナル伝達表現型を評価しました。
 このスクリーニングにより、先行する構造生物学的・生化学的研究で同定されたBDCのタンパク質間相互作用(PPI)の界面について、細胞内での機能的アノテーションが可能になりました。さらに、WNTシグナル伝達に影響する約150の新規変異の中から、配列と機能の相関を調べる上で極めて有用な変異のタイプ、すなわち、機能獲得型変異機能分離型変異、および、BDCの活性を選択的に調節する変異も特定することに成功しました。
 新規変異の中には、β-カテニンの中で、TCF/LEF転写因子との結合に関与する領域も含まれていました。TCF/LEF転写因子は、平常時はBDCにより分解されているβ-カテニンがWNTリガンドの存在化で安定し核内に移行すると、それに結合して標的遺伝子のエンハンサー領域へリクルートし、標的遺伝子を活性化する役割を担っています。
  また、がん抑制遺伝子のAPCが変異しているBDCを帯びたがんにおいて、BDCがWNT-β-カテニンシグナル伝達のフラックスを制御していることが明らかになりました。
 APC切断型細胞では、β-カテニンは単なる分解基質ではなく、AXIN1と切断型APCとの相互作用を橋渡ししてBDCを一時的に安定化する役割も果たしています。その結果、β-カテニンが蓄積するとBDCの分解活性が高まり、β-カテニン自身の分解が促進されるという負のフィードバック機構が成立しています。研究チームは、この現象を「基質支援型自己制御(substrate-assisted autoregulation)」と呼び、APC変異型大腸がんでは、この自己制御機構によってWNT–β-カテニンシグナルが腫瘍形成に適した範囲に、適正に、保たれているというモデルを提唱しました。
 APC変異型BDCに関するこの基質支援型モデルは、治療戦略の面でも重要な示唆を与えます。β-カテニンがAXIN1や切断型APCとの結合状態をより長く維持できるようにする低分子化合物は、正常なBDCには実質的な影響を及ぼすことなく、APC変異型BDCの活性を部分的に回復させる可能性があります。逆に、これらの相互作用を阻害する薬剤はWNT–β-カテニンシグナル伝達を過剰に活性化させますが、大腸がん発生における「適正量」モデルを考慮すると、これもまた大腸がんに有害な結果をもたらすと考えられます。

[出典] "Mutational scanning reveals substrate-assisted autoregulation of the WNT destruction complex" Murugesh Padmanarayana (1,2,3,8) [..] Ganesh V. Pusapati (1,2,3,8,9), Rajat Rohatgi (1,2,3,9) [+7]. Nat Genet 2026-07-02. https://doi.org/10.1038/s41588-026-02662-3
  1. Department of Biochemistry, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, USA. 
  2. Department of Medicine, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, USA. 
  3. Stanford Cancer Institute, Stanford, CA, USA. 
  4. Divisions of Structural Biology and Cell and Molecular Biology, The Institute of Cancer Research, London, UK. 
  5. Department of Genetics, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, USA. 
  6. Department of Chemical and Systems Biology, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, USA. 
  7. Department of Cell and Developmental Biology, Vanderbilt University, Nashville, TN, USA. 
  8. Contributed equally
  9. These authors jointly supervised this work
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