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~ マウス生体内でCRISPR-KOALA (CRISPR knockout and activation linked assay)を用いて「同一細胞内での遺伝子KOと活性化」を同時実行、乳がんに見られる染色体カオス状態(異数性)を再現することで達成 ~

2026-09-22
改訂 
ブログ記事タイトルを改訂し、旧タイトルの「マウスモデル同一細胞内で遺伝子のKOと活性化を併用することで, 乳がんに見られる染色体のカオス状態を再現し, これまで知られていなかったドライバー遺伝子を発見しました」は、改訂して副題へと移行しました。
2026-08-04追記 本研究で使われた技術については、同論文の筆頭著者による解説が, 2026年7月31日にNature Reviews Genetics 誌から出版されました [その紹介ブログ投稿はこちら]
2026-07-16 初稿
[注] このブログ記事は主として出典の中の Nature 誌Research Briefings記事に準拠しています。Research Briefings 記事は原著論文の著者(達)自身による要約と裏話(Behind the Paper)に、第三者の専門家とNature 誌の編集部の短いコメントが付されているスタイルです。
 Daniel Schramekトロント大学教授が率いる研究チームはこれまでに、様々ながん種を引き起こすドラーバー遺伝子を生体内CRISPRスクリーンを利用して同定した論文を数多く発表してきましたが [#1-3]、今回は、CRISPR-Csa9をベースにした遺伝子ノックアウト (KO)と遺伝子活性化(CRISPR-A)を同一細胞内で併用する新たなスクリーン法を利用して、基底細胞様乳がん(Basal-like breast cancer:BLBC)に挑みました。
課 題
 様々ながんで、正常な遺伝子が変異していることが知られていますが、ほぼ全てのがんにおいて、染色体の構成が、ある染色体の全体やその一部(長腕と短腕)のコピー数が過剰または不足しているという混乱状態になっています。このカオスな状態(異数性 / aneuploidy)は、単一の決定的な遺伝子の変異(ドライバー遺伝子の変異)ではなく異数性に伴う遺伝子コピー数の変化によって引き起こされるとされている BLBC をはじめとする進行性の悪性腫瘍において極めて重大です。しかし、影響を受ける各染色体腕には数百もの遺伝子が含まれているため、悪性化を促進する特定の遺伝子を特定することは難しい課題でした。
 こうした複雑な遺伝的状況を解明するには、大規模な遺伝子型(ジェノタイプ)と表現型(フェノタイプ)を体系的に結びつけるための、ハイスループットな機能ゲノミクス手法が必要です。こうしたスクリーニングは細胞培養系で日常的に行われていますが、in vitro(試験管内)システムでは、生体内(in vivo)におけるがんドライバー遺伝子の挙動を左右する腫瘍の周囲の微小環境内の複雑な相互作用を捉えることができません。その結果、腫瘍微小環境内でドライバー遺伝子を直接特定できる、拡張性のある機能解析手法の確立が求められています。近年、CLIM-TIMEのように腫瘍と腫瘍微小環境を統合的に解析する手法が現れ始めましたが、染色体丸ごとを対象にした解析はまだまだ技術的な難易度が高い状況です。
戦 略
 研究チームは、BLBCの生物学的理解を深めるため、本来の微小環境を維持しつつ、遺伝子操作や機能解析が可能なモデルシステムにおいて腫瘍を再現することに取り組みました。研究チームはこれまでに、in vitroのCRISPRゲノム編集手法(遺伝子KO)をマウス乳腺へ直接適用する技術を開発し、単一のマウス個体内で数百もの遺伝子について、その形質転換能(正常細胞を悪性細胞へと変化させる能力)を並行して検証することに成功していました [#3]。
 確かにこのプラットフォームは遺伝子機能の喪失に関する効率的なスクリーニングを可能にしましたが、異数性に取り組むには不十分です。異数性は、ある遺伝子が欠失する一方で、別の遺伝子のコピー数が異常に増加するという複雑な現象であることから、遺伝子KOだけでなく、コピー数増による遺伝子の過剰発現が及ぼす影響も同時に追究することが必須だからです。
 研究チームはこうした制約を克服するため、「CRISPR–KOALA(CRISPR knockout and activation linked assay)」を開発しました。これは、単一のマウス個体内で異なる遺伝子のノックアウトと活性化を同時に行うことを可能にする、多重スクリーニング手法です。この二重の作用を持つプラットフォームは、複雑な癌ゲノムの特徴である遺伝子の機能喪失と機能獲得が同時に生じる状況において、それらがもたらす機能的帰結を詳細に解析するのに適しています。
技 術
 研究チームは、今回開発したCRISPR–KOALAにおける遺伝子活性化法をCRISPR-Aと称していますが、これは、crisp_bioでタグとして用意している遺伝子転写活性化ツールボックス「CRISPRa」の中の一手法 [#4] を継承したものです。CRISPR-Aでは、Cas9を標的部位へ誘導する活性は維持しつつCas9のエンドヌクレアーゼ活性を消失させることが知られている短縮型ガイドRNA(14塩基長)"dead-guide (dg) RNA"を使用します。このdgRNAの足場領域であるtracrRNAにPP7アプタマーを組み込み、PP7コートタンパク質(PCP)を介してP65-HSF1転写活性化モジュールをリクルートすることで、標的遺伝子領域を切断することなく、標的遺伝子の活性化を実現しています。
 CRISPR–KOALAの巧妙なところは、dCas9に転写活性化モジュールを融合するタイプのCRISPRaではなく、遺伝子ノックアウトに使用するCas9をベースにしたCas9-dgRNA-P65-HSF1のタイプのCRISPRaを採用したところにあります。こうすることで、標的細胞にエフェクターとしてはCas9一種類だけ送り込み、ノックアウトすべき遺伝子を標的とするgRNAと、活性化すべき遺伝子を標的とするdgRNAを送り込むだけで、ある遺伝子が欠失し、別の遺伝子は活性化しているというがん染色体の異数性を再現したところにあります。dCas9をベースとしたCRISPRaに準拠した場合は、Cas9とKO遺伝子用gRNA、dCas9と活性化遺伝子用gRNAをそれぞれ細胞に送り込むことになり、細胞は2種類の巨大なタンパク質のストレスを受け、さらに、Cas9, dCas9と2種類のgRNAの間で意図しない組み合わせが進行してしまう心配をしなければならならなかった課題が、シンプルに解決されたのです。
マウスモデルにCRISPR-KOARAを適用した成果
 CRISPR-Aのすべての構成要素は単一のレンチウイルスプラスミドに統合され、このシステムにより、in vitroおよびin vivoでの効率的な遺伝子過剰発現が可能になりました。
 研究チームは大規模なコピー数変化(copy-number alternation:CNA)によって引き起こされる疾患タイプである BLBC において、ヒトで最も頻繁に認められる染色体腕レベルの変異10種を網羅的に特定しました。CRISPR-KOALAを用い、これらの染色体腕上に位置する3,752個の遺伝子のマウス・オーソログをスクリーニングした結果、90個の癌ドライバー遺伝子を同定しました。しかし、90個のうち81個はこれまでがんのドライバー遺伝子とは認識されていませんでした。今回、これらの遺伝子はMAPK、HIPPO、WNTといった異なるシグナル伝達経路を制御していると推定され、これは、BLBCの高い不均一性を反映するものでした。
 同定されたがんドライバー遺伝子を操作することで、Trp53 変異型BLBCマウスモデルにおいてCNAの存在を必要とせずに腫瘍形成を誘導することが可能になりました。メカニズムの解析により、9番染色体短腕に位置する PLGRKT が、今回特定された有力なドライバー遺伝子の一つでした。PLGRKT が過剰発現すると、ミトコンドリアのストレス耐性が高まり、細胞が活性酸素種を解毒する能力が向上し、染色体腕レベルのコピー数の増加(CNA)なくして細胞が高い生存・増殖性を確保できることが示されました。これは、染色体腕レベルのCNAが、不均一な生物学的プロセスを促進する特定のドライバー遺伝子を選択する機能を持つことを示しています。
今後の展望
 今回得られた知見は、これまでに把握されたがんドライバー遺伝子のリストが不完全であることを示唆しています。今回新たに特定されたドライバー遺伝子がコードするタンパク質の治療標的としての可能性を評価することが、極めて重要な次のステップとなります。これは特に、標的療法が未だ確立されていない乳がんのサブタイプである「基底細胞様乳がん(BLBC)」において重要です。
 今回、有力ながんドライバー遺伝子を発見できた一方で、90種類の遺伝子が互いにどの程度協調して作用するのかについては、まだ解明されていません。この現象、特に生体内での作用機序を解明することは、刺激的かつ挑戦的な次の課題となるでしょう。
 さらに、異数性にはがんの種類に特異的なパターンが見られるため、同一の染色体腕レベルの変異が、異なるがん種において共通の遺伝子を選択しているのか、それとも異なる遺伝子を選択しているのかを明らかにすることも興味深い課題です。
結 び
 Research BriefingsのBehind the Paperのセクションで、著者らは「特定の遺伝子を人工的に欠失あるいは変異させて、(分子レベルからマクロなレベルまでの)表現型の変化を見て、逆に遺伝子の機能を突き詰めていく「逆遺伝学(リバースジェネティクス)」の​​魅力は、そのバイアスのない性質にあり、先入観にとらわれず、生物学的な実態に基づいて発見を導き出せる点にあります。今回、私達にとって最も驚くべき発見は、(PLGRKT 遺伝子の例のように)単一のがんドライバー遺伝子の機能喪失や獲得を操作するだけで、細胞が異数性(染色体数の異常)を蓄積する必要性をなくせるということでした」と述べています。
 これは、
BLBC のように不安定ながん染色体がヒト体内で正常細胞に勝る増殖上の優位性を獲得したのは、異数性そのものではなく、異数性が PLGRKT などのドライバー遺伝子を獲得・維持するための選択圧として機能しているエビデンスが得られたことを指しています。
 [#] 参考crisp_bio記事と論文
  1. 2022-03-20/2023-06-07 発がんモデルマウス生体内CRISPR スクリーンによるがん関連因子の同定 (bioRxiv投稿 2件). 
  2. 2024-07-01 生体内CRISPRスクリーニングにより膵臓癌のドライバーを発見. 
  3. 2022-12-02 "Loss of Epigenetic Regulation Disrupts Lineage Integrity, Induces Aberrant Alveogenesis, and Promotes Breast Cancer" Ellen Langille, Khalid N Al-Zahrani, Zhibo Ma [..]  Daniel Schramek. Cancer Discov. 2022-12-02.;乳がんにおける変異負荷の大部分は、変異頻度の低い遺伝子(ロングテールな遺伝子)によって占められていますが、そのメカニズムは十分に解明されていません。生体内CRISPRスクリーニングにより、エピジェネティック制御に収束する機能的な腫瘍抑制遺伝子が同定されました。エピジェネティック制御因子の喪失は、腫瘍形成を促進し、細胞系譜の不忠実性および肺胞形成遺伝子の異常発現が腫瘍形成における潜在的な初期事象であることが明らかになりました。CRISPRスクリーニングでは、マウスとヒトの乳腺上皮細胞に、発がん性変異である PIK3CA H1047R の活性化と同時に、215個のロングテール遺伝子を標的とするカスタムsgRNAライブラリを用いたCRISPR/Cas9 KOスクリーニングがおこなわれました。
  4. 2018-12-08 dCas9によりDSBを回避する第2世代遺伝子活性化法を改変し、マウスin vivoでの標的遺伝子活性化と病態改善を実現. 
[出典] 
  1. Centre for Molecular and Systems Biology, Lunenfeld-Tanenbaum Research Institute, Mount Sinai Hospital, Toronto, Ontario, Canada. 
  2. Department of Molecular Genetics, University of Toronto, Toronto, Ontario, Canada. 
  3. Ontario Institute for Cancer Research, Toronto, Ontario, Canada. 
  4. Department of Oncology, KU Leuven, Leuven, Belgium. 
  5. Centre for Cancer Biology, VIB, Leuven, Belgium. 
  6. Program in Cell Biology, The Peter Gilgan Center for Research and Learning, The Hospital for Sick Children, Toronto, Ontario, Canada. 
  7. Department of Radiation Oncology, University of Michigan, Ann Arbor, MI, USA. 
  8. Rogel Cancer Center, University of Michigan, Ann Arbor, MI, USA. 
  9. Department of Molecular and Integrative Physiology, University of Michigan, Ann Arbor, MI, USA. 
  10. Department of Internal Medicine, Division of Gastroenterology, University of Michigan, Ann Arbor, MI, USA. 
  11. Department of Pathology, UCSF School of Medicine, San Francisco, CA, USA. 
  12. Department of Neurosurgery, University of Michigan, Ann Arbor, MI, USA. 
  13. Howard Hughes Medical Institute, Robin Chemers Neustein Laboratory of Mammalian Cell Biology and Development, The Rockefeller University, New York, NY, USA. 
  14. Program Against Cancer Therapeutic Resistance, Catalan Institute of Oncology, Bellvitge Institute for Biomedical Research, L’Hospitalet del Llobregat, Barcelona, Spain. 
  15. Precision Oncology in Girona, Girona Institute for Biomedical Research, Girona, Spain. 
  16. Department of Medical Biophysics, University of Toronto, Toronto, Ontario, Canada. 
  17. Corresponding authors
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