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 サル免疫不全ウイルス(SIV)は少なくとも4回、類人猿からヒトへと伝播しましたが、そのうちパンデミック(世界的大流行)を引き起こした事例は1回のみでした。パンデミックの原因となったHIV-1グループM [*] の株が、ヒトの体内で効率的に増殖・拡散するために乗り越えた「宿主の障壁」については、依然として十分に解明されていません。
[*] HIVはHIV-1とHIV-2に大別され、HIV-1が日本を含む世界的に最も流行しています。HIV-1はグループM (main)、O (outliner)、N (new) の3種類に分類されていますが、(名称が示唆するように)その中でもグループMの感染が圧倒的に広がっています。
 ウルム大学病院を主とするドイツの研究チームは今回、HIV-1グループMの祖先にあたるチンパンジー (ChimPanZee) 由来SIV(SIVcpz)は、ヒト細胞のウイルスに対する防壁(制限因子 / viral restriction factors (RF))を乗り越えたプロセスの解明に取り組みました。
 研究チームは、HIV-1に対するRFの同定に成功した「traitor-virus (TV) / 裏切り者ウイルス)」作戦 [crisp_bio 2024-05-13] を採用しました。宿主細胞の抗ウイルス遺伝子を標的とするガイドRNA(sgRNA)の発現カセットがそのゲノムに挿入されたHIV-1がTVになります。一連のTVを、予めCas9を導入しておいたT細胞の集団に感染させると、ヒト細胞内の抗ウイルス遺伝子を標的としたsgRNAを帯びたTVはT細胞の中で爆発的に増殖しT細胞を破壊し、T細胞外の培養液中に(抗ウイルス遺伝子を標的にしたsgRNAを抱えたまま)大量に流出することになります。あとは、培養液中のウイルスの遺伝子を次世代シーケンサーでsgRNAの配列を決定すればその標的であった抗ウイルス遺伝子を同定できることになります(こうして、TVはHIV-1を裏切ることになってしまいます)。今回は、HIV-1を、SIVSIVcpzの中でHIV-1グループMの近縁であるSIVSIVcpzPtt に置き換えて、TV作戦を介したSIVcpzの複製効率を指標とするCRISPR-Cas9スクリーニングが実施されました。
 抗ウイルス因子となり得るタンパク質をコードする500以上のヒト遺伝子を標的とするガイドRNA(gRNA)ライブラリーを、HIV-1グループM株と系統的に近縁で複製能をおびたSIVcpz MB897に導入しました。Cas9を発現するヒトT細胞株SupT1での増殖実験の結果、AXIN1、CEACAM3、CD72、EHMT2、GRN、HMOX1、HMGA1、ICAM2、IFITM2、MEFV、PCED1B、SGOL2、SMARCA4、SUMO1、および TMEM173 を標的とするsgRNAが有意に濃縮されました。これらのヒット遺伝子は、HIV-1を用いた同様のスクリーニングで特定された遺伝子と部分的にしか重複しておらず、ウイルスごとに異なる宿主による抑制プロファイルが存在することが示唆されました。
 機能解析の結果、IFITM2(インターフェロン誘導膜貫通タンパク質2)、PCED1B(PCエステラーゼドメイン含有タンパク質1B)、MEFV(地中海熱タンパク質、ピリン/TRIM20)、およびAXIN1(軸阻害タンパク質1)は、ヒト初代CD4陽性T細胞において、解析対象としたSIVcpzの複製を抑制するものの、HIV-1グループMの複製は抑制しないことが確認されました。
 こうして、SIVcpzがチンパンジーからヒトへと異種間伝播する際に乗り越えた宿主の制限因子が明らかになりました。今後、乗り越えることを可能にしたゲノム変異の特定をはじめてとする解析を経て、ウイルスの異種間伝播の解明が進むことが期待されます。

[出典]
"Replication-competent SIVcpz CRISPR screen identifies barriers to successful cross-species transmission" Qinya Xie (1,5) , Qingxing Wang (1,5) , Sabrina Noettger (1,5) [..] Frank Kirchhoff (1,6) [+9]. J Virol. 2026-06-23.
https://doi.org/10.1128/jvi.00314-26
  1. Institute of Molecular Virology, Ulm University Medical Center, Ulm, Germany.
  2. Laboratory for Functional Genome Analysis, Gene Center, LMU Munich, Munich, Germany.
  3. Institute of Biochemistry and Molecular Biology, Ulm University, Ulm, Germany.
  4. German Center for Neurodegenerative Diseases (DZNE), Ulm, Germany.
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