[注] RNPはCas9ヌクレアーゼとガイドRNA (sgRNA) の複合体であるリボ核タンパク質を意味します;パクリタキセルは幅広い抗腫瘍活性を持つ抗がん剤ですが、膠芽腫治療には血液脳関門(BBB)透過性不足と全身毒性が課題になっています。膠芽腫の標準治療は現在、「安全に切除可能な範囲での最大限の外科的切除に加え、放射線療法および (パクリタキセルより抗腫瘍性は低いが分子サイズが小さく脂溶性が高い)テモゾロミド(TMZ)による化学療法が含まれます」 [() 内を除いて出典論文のイントロダクションから引用]。
バージニア大学 (UVA) の医用生体工学教授およびUVA集束超音波がん免疫療法センター (UVA Focused Ultrasound (FUS) Cancer Immunotherapy Center) の共同ディレクターであるRichard J. Price博士をリード・コンタクトとする Cell Biomaterials 誌刊行論文において、抗がん剤による膠芽腫(グリオブラストーマ / glioblastoma: GBM)治療の障壁であった血液脳関門(BBB)と薬物排出を同時に克服可能なことが、紹介されています。
[詳 細]
GBMは、神経膠腫 (グリオーマ) の中でも最も悪性度が高く、極めて治療が困難な腫瘍です。その主な要因は、腫瘍が本来持つ耐性機構と、BBBという脳特有の生理学的防御機構の二つの強力な障壁にあります。これら双方に関与する重要な因子が、論文タイトルにあるP-糖タンパク質(P-gp)です。
P-gpは脳血管内皮細胞や腫瘍細胞に発現し、抗がん剤を腫瘍微小環境から能動的に排出するポンプとして機能します。この障壁を克服するために、研究チームはCRISPR-Cas GEによるP-gpを機能喪失を試みました。
CRISPR-Cas GEの設計にあたっては、効果的な機能喪失を実現するために、Cas9とガイドRNA候補の複合体であるリボ核タンパク質(RNP)の活性をin vitroで評価しました。P-gpをコードする遺伝子上で、排出機能を担う領域にあたる2箇所(エクソン4および10)をそれぞれ標的とするガイドRNA候補の中で最も高い遺伝子編集活性を示したCas9-sgRNA RNPからなる"a duplex CRISPR-Cas9 ribonucleoprotein system" (以下、RNP)を得ました。
CRISPR-Cas GEの設計にあたっては、効果的な機能喪失を実現するために、Cas9とガイドRNA候補の複合体であるリボ核タンパク質(RNP)の活性をin vitroで評価しました。P-gpをコードする遺伝子上で、排出機能を担う領域にあたる2箇所(エクソン4および10)をそれぞれ標的とするガイドRNA候補の中で最も高い遺伝子編集活性を示したCas9-sgRNA RNPからなる"a duplex CRISPR-Cas9 ribonucleoprotein system" (以下、RNP)を得ました。
研究チームは次に、GBMモデルマウスの脳内でのRNPの遺伝子編集活性を検証しました。
はじめに、RNPを確実にGBM領域に送達するために、極めて侵襲的ですがBBBを超えて脳へ確実に分子を送達できる対流増強送達(convection-enhanced delivery:CED)法 [Jahangiri A, et al., J Neurosurg. 2017]を用いて実験し、RNPが細胞実験と同様、P-gp遺伝子編集活性を示すことが確認されました。
はじめに、RNPを確実にGBM領域に送達するために、極めて侵襲的ですがBBBを超えて脳へ確実に分子を送達できる対流増強送達(convection-enhanced delivery:CED)法 [Jahangiri A, et al., J Neurosurg. 2017]を用いて実験し、RNPが細胞実験と同様、P-gp遺伝子編集活性を示すことが確認されました。
そこで、ヒトへの応用を念頭に非侵襲的送達法である集束超音波(FUS)[補足の項にて詳細後述] による実験を行いました。この時研究チームはなぜか、P-gpが発現していない臓器である肺へ選択的に集積する特性を持つ肺指向型脂質ナノ粒子(LNP)製剤 [SORT (Selective ORgan Targeting Lipid NanoParticle)の一種にあたります] にRNPを封入しました、脳指向型LNPではなく。
しかし、マウスの尾静脈から注入したLNPは、FUSを脳内のGBM領域へ照射することで、GBM領域に取り込まれ、LNP内のRNPが活性を発揮し、腫瘍細胞および血管内皮細胞におけるP-gpの排出機能が抑制され、これまでGBMには効果がないとされてきたパクリタキセルによる治療効果が増強されることが確認されました。
しかし、マウスの尾静脈から注入したLNPは、FUSを脳内のGBM領域へ照射することで、GBM領域に取り込まれ、LNP内のRNPが活性を発揮し、腫瘍細胞および血管内皮細胞におけるP-gpの排出機能が抑制され、これまでGBMには効果がないとされてきたパクリタキセルによる治療効果が増強されることが確認されました。
なぜ肺指向性LNPによる送達で目的を達成できたのでしょうか?
尾静脈から注入された通常のLNPのほとんどが肝臓にトラップされてしまいますが、肺指向型LNPを利用することでこれを回避し、また、GBM以外の正常な臓器で毒物を排出する役割を担っているP-gpの機能を損なうことを回避できます。こうしてほとんどの肺指向型LNPが肺に集積されますが、肺の細胞にはP-gpが存在しないことから肺の機能に障害を及ぼすことはありません。
それで、肺指向型LNPは脳へ届くのでしょうか?
尾静脈への注入と同時に、外部からGBMの領域へFUSを照射して、BBBを緩めると、注入直後にはまだ血液中を流れている肺指向型LNPが脳組織内へと物理的に流れ込むのです。実験では、それとは逆に、FUSが当たっていない正常な脳組織には肺指向型LNPが届いていないことが確認されています。
こうして、肺指向型LNPに収められているRNPは、その一部がFUSという物理的な力で標的のGBM領域へと引き込まれる一方で、ほとんどが、正常な組織を損傷することなく肺へと回収され、GBM選択的なP-gp機能喪失が、安全に実現されたのです [グラフィカルアブストラクト引用右図参照]。
尾静脈から注入された通常のLNPのほとんどが肝臓にトラップされてしまいますが、肺指向型LNPを利用することでこれを回避し、また、GBM以外の正常な臓器で毒物を排出する役割を担っているP-gpの機能を損なうことを回避できます。こうしてほとんどの肺指向型LNPが肺に集積されますが、肺の細胞にはP-gpが存在しないことから肺の機能に障害を及ぼすことはありません。
それで、肺指向型LNPは脳へ届くのでしょうか?
尾静脈への注入と同時に、外部からGBMの領域へFUSを照射して、BBBを緩めると、注入直後にはまだ血液中を流れている肺指向型LNPが脳組織内へと物理的に流れ込むのです。実験では、それとは逆に、FUSが当たっていない正常な脳組織には肺指向型LNPが届いていないことが確認されています。
こうして、肺指向型LNPに収められているRNPは、その一部がFUSという物理的な力で標的のGBM領域へと引き込まれる一方で、ほとんどが、正常な組織を損傷することなく肺へと回収され、GBM選択的なP-gp機能喪失が、安全に実現されたのです [グラフィカルアブストラクト引用右図参照]。 研究チームは、この尾静脈からの肺指向型LNP注入とGBM領域へのFUS照射の処置をすませてから4〜5日後に、パクリタキセルの尾静脈注入と脳へのFUS照射を行っています。これは、P-gpの遺伝子破壊の効果と肺指向型LNP注入時にすでに細胞表面で発現していたP-gpタンパク質が自然に分解することを待つ期間です。
ここで、CEDによる送達とFUSによる送達の効果を比較してみましょう。CED送達は局所的に強力な効果を示し狙った腫瘍がかなり縮小し、生存期間が有意に延びました。しかし、脳への外科的損傷のリスクを避けられません。FUS送達は腫瘍自体だけでなく、GBMの特徴である周囲に浸潤したがんも抑制する効果を示し、CED送達とは異なり非侵襲的でありながら、CED送達と同様にマウスの生存期間を延ばしました。こうして、FUS送達RNPによる膠芽腫治療は検討に値するアプローチであることが示唆されました。
ただし、マウスでの成功をヒトへ展開するにはまだまだ課題が残っています。マウスとヒトの身体的特性が異なることから、まず、FUSがヒトの頭蓋骨を十分に透過できるか、肺指向型LNPが途中で他の臓器にトラップされることは無いか、マウスの場合と同じように腫瘍自身とその周囲の領域を十分にカバーできるか、といった点を確認していく必要があります。
しかしながら、最先端の遺伝子編集技術(二重標的RNP)、物理工学(FUS)、そしてナノテクノロジー(SORT LNP)という技術に、LNPを肺指向型にするという発想があいまって、画期的なプラットフォームが実現され、一般的には強力な抗がん剤パクリタキセルを膠芽腫にも適用できる可能性が示されるに至りました。
[FUSを利用した脳内ゲノム編集関連crisp_bio記事]
[出典] "Genomic deletion of P-glycoprotein from gliomas via the focused ultrasound delivery of a duplex CRISPR-Cas9 ribonucleoprotein system" Anna C. Debski (1), Catherine M. Gorick (1), Victoria R. Breza (1), Ji Song (1), Richard J. Price (1,2,3). Cell Biomaterials 2026-07-10. https://doi.org/10.1016/j.celbio.2026.100535
- Department of Biomedical Engineering, University of Virginia, Charlottesville, VA, United States of America
- Department of Radiology & Medical Imaging, University of Virginia, Charlottesville, VA, United States of America
- Lead contact
[補足] 集束超音波(FUS)送達法の詳細 [出典イントロダクションから引用]
FUSは、今回のような血管脳関門(BBB)の透過に限らず、血管の透過性を一時的に高め、治療薬の送達を促進するための非侵襲的な代替手法として広く使われています。また、GBMやその他の脳関連疾患を対象とした臨床試験において、その安全性と有効性が評価されています [#1, 2]。
この手法では、ガスを封入したマイクロバブル(MB)を静脈内投与します。このMBは超音波と相互作用することで、周期的な膨張と収縮を繰り返します。この振動によって生じる機械的力が、血液脳関門(BBB)や血液腫瘍関門(BTB)におけるタイトジャンクションを破壊し、輸送機構を活性化させることで、治療薬の送達を可能にします [#3]。
[#] 参考文献
FUSは、今回のような血管脳関門(BBB)の透過に限らず、血管の透過性を一時的に高め、治療薬の送達を促進するための非侵襲的な代替手法として広く使われています。また、GBMやその他の脳関連疾患を対象とした臨床試験において、その安全性と有効性が評価されています [#1, 2]。
この手法では、ガスを封入したマイクロバブル(MB)を静脈内投与します。このMBは超音波と相互作用することで、周期的な膨張と収縮を繰り返します。この振動によって生じる機械的力が、血液脳関門(BBB)や血液腫瘍関門(BTB)におけるタイトジャンクションを破壊し、輸送機構を活性化させることで、治療薬の送達を可能にします [#3]。
[#] 参考文献
- Focused ultrasound-mediated enhancement of blood–brain barrier permeability for brain tumor treatment: a systematic review of clinical trials. Zhu H, Allwin C, Bassous MG. Et al., J. Neurooncol. 2024-08-29/Nov. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39207625/
- Current clinical investigations of focused ultrasound blood-brain barrier disruption: A review. Durham PG, Butnariu A, Alghorazi R et al., Neurotherapeutics. 2024-04-17. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38636309/
- A review of bioeffects induced by focused ultrasound combined with microbubbles on the neurovascular unit. Chen S, Nazeri A, Baek H et al., J Cereb Blood Flow Metab. 2021-09-22.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34551608/
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