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ブリッジ・リコンビナーゼの極端な挿入偏向をcryo-EM構造から解明:
メカニズムの深い理解に基づいて, 大型DNA挿入・切除ツールへと展開

2026-08-24 東京大学先端科学技術研究センターのニュース/プレスリリースを以下に引用:
「鶏が先か、卵が先か ―ブリッジRNAの生成メカニズムを解明」2026-08-18.
https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20260818.html
  • ニュース・プレスリリースのタイトルの由来が次のように説明されています:... (2024年のブリッジリコンビナーゼの論文では)ゲノムに存在するIS621因子が環状DNA中間体として切り出される仕組みは不明でした。特に、ブリッジRNAは環状DNA中間体から産生されるため、最初の切り出しに必要なブリッジRNAがどのように供給されるのかという「鶏が先か、卵が先か」という問題が残されていました。
  • ニュース・プレスリリースに記載されている研究者からの一言(平泉将浩 助教, 辻本栄介 大学院生, 西増弘志 教授)に注目を。
2026-08-16 Nature 誌刊行論文に準拠した初稿

IS621ブリッジ・リコンビナーゼとは(復習)
 
IS110ファミリーの転移因子であるIS621因子からは、リコンビナーゼブリッジRNA(bRNA)が生成されます。このbRNAには、ターゲットDNAと結合するターゲット結合ループ (TBL) と、ドナーDNAと結合するドナー結合ループ(DBL) が備わっています。その各ループに二量体のIS621リコンビナーゼが結合することで、bRNAに誘導されて活性を発揮するIS621ブリッジ・リコンビナーゼが姿を現します。ブリッジは、「ドナーとターゲットを橋渡しする」非コードRNAの存在から採用された用語です。

こうして、IS621リコンビナーゼはbRNAに誘導されて、ドナーDNAとターゲットDNAを認識し、4本のDNA鎖のうち2本の切断・交換・結合を触媒したのち、さらに残りの2本の切断と交換を触媒します。このIS621リコンビナーゼを、CRISPR-Cas9(一本のガイドRNAに誘導されて標的DNAを切断、また、ドナーDNA存在下ではその標的部位への導入を可能にする)ヌクレアーゼと比較すると、その「非常識さ」が際立ってきます。 [出典2024-1の図7から一部改変引用した下図参照]
Cas9とIS621の比較
続いて、出典2024-1の図1を下図に引用し、大腸菌におけるIS621因子の転移サイクルを確認しておきます。
IS621 因子の転移サイクル
IS621因子は環状DNA中間体(ドナーDNA)として切り出され、ゲノム中の特定の領域(ターゲットDNA)に挿入されます。

2026年の論文で明らかにされたこと

2024年の論文は、前項で復習したように、IS110ファミリーの転移因子がbRNAを生成・利用して、標的DNAとドナーDNAの両方を個別のループで認識し、DNAの組換え(挿入・切除・反転)をプログラム可能に行う仕組みや、その基本的構造(挿入時の複合体)を明らかにしました。

2026年の論文は、天然の転移因子が帯びている挿入と切除の反対向きの反応がなぜ非対称(挿入に偏っている)なのか、その機構を、構造からの制約と熱力学的制約から解き明かしました。さらに、新たな知見に基づいて、ブリッジ・リコンビナーゼによる大規模なゲノム編集が可能なことを示しました。

1.切除複合体(Excision Complex)の立体構造解明:「構造情報」の項参照
 [出典2026-2 Fig. 5の一部を引用した下図参照]
IS621 因子の切除と挿入のメカニズム
  • 挿入時: DNA基質(標的とドナー)は「曲がったU字型(bent U-shape)」で結合します。
  • 切除時: DNA基質は直線のコンフォメーションをとり、両方のbRNAループにまたがって「X字型(X-shaped structure)」に結合します。
2.反応の方向が挿入に偏る構造的理由
  • このX字型の幾何学的配置によって、鎖交換(top-strand exchange: TSE)の効率が低下し、これが、天然の状態で「切除」よりも「挿入」が圧倒的に優先される(方向性を持つ)主たる要因でした。
3.Handshake Guide(HSG)による反応の制御・エンジニアリング
  • 天然のブリッジ・リコンビナーゼに対して、bRNA中の特定の配列(Handshake Guide)とDNA鎖間の塩基対形成を最適化・設計することで、挿入に対する切除を熱力学的に優先させることが可能になることが、見出されました。この知見を生かすことで、天然の制約を打ち破って大腸菌内で切除効率を13,000倍に向上させることに成功したのです
2026年論文で東大の西増弘志教授との共同責任著者であるArc InstituteのHsu博士(Arc Instituteの共同設立者/コア・インベスティゲーター)は「挿入と切除」をこのように語っています [出典2026-1]

挿入の際、各DNA基質は、張力を蓄えたバネのように振る舞う、極めて強いひずみを受けたU字型をとります。この物理的なひずみに蓄積されたエネルギーが、切断時に鎖が外側へ弾き出される強力な原動力となり、鎖交換と組換えを促進します。切除の際、DNA鎖はまったく異なる挙動を示します。U字型に曲がるのではなく、緩んだ直線状のX字型で交差するのです。ブリッジ・リコンビナーゼは依然としてDNAを効果的に切断できますが、切断されたDNA鎖が位置を入れ替える推進力は弱まります」。
Hsu博士は続いて、切除効率を低下させる追加の要因に関する仮説も語っています。


こうして、2026年の論文は、2024年の論文が「ブリッジ・リコンビナーゼ複合体形成の機序と構造基盤を明らかにした」のに対して、「ブリッジ・リコンビナーゼ複合体がDNA基質をどう認識し、なぜ挿入と切除の反応に方向性があるかという構造基盤の解明」と「それに基づいて(天然とは異なり)人工的に切除効率や挿入効率を自在にコントロールする手法を提示」したのです。
 構造情報
 Pre-strand exchange state
  • EMD-65978 / PDB 9WHX :Cryo-EM structure of the IS621 recombinase in complex with bridge RNA, left-half DNA, and right-half DNA in the pre-strand exchange state (2.5 Å)
 Post-strand exchange state
  • EMD-65979 / PDB 9WHY :Cryo-EM structure of the IS621 recombinase in complex with bridge RNA, left-half DNA, and right-half DNA in the post-strand exchange state (2.6 Å)
crisp_bioメモ

考えてみれば、IS110ファミリーのような天然のトランスポゾンは、自身を安全に増殖・維持するために、切除する反応よりも「ゲノムへ新しく挿入される反応」を極めて優先する構造を持つに至ったのでしょう。その結果、切除の反応効率は低く抑えられつつ、一旦、切除されると(DNAから切り出されると)、極めて効率よく別の標的部位に収まるという、「身を守る」技を習得したという。

人工のブリッジ・リコンビナーゼによって、DSBやHDRといった細胞内在の機構を介さずに、大規模なDNAの挿入も切除も自由自在に実現できそうです。臨床応用も期待できそうです:
  • 挿入(Insertion)モード: 有用遺伝子や治療用遺伝子をゲノムの狙った位置にピンポイントで組み込む。
  • 切除(Excision)モード: 病因遺伝子や不要なゲノム領域、あるいは過去に導入した標識用DNAなどを綺麗に切り取って除去する。
最後に、Cas9ヌクレアーゼとブリッジ・リコンビナーゼの比較表を用意してみました [下表は画像になっています。クリックしていただくと、別ウインドウで拡大表示されます]
スクリーンショット 2026-08-15 20.15.57
たしかに、Cas9ゲノム編集ツールに対して事前の設計は複雑になりますが、そこさえ乗り越えれば想定通りの結果がえられそうなブリッジ・リコンビナーゼは、有力な次世代ゲノム工学ツール候補なのかもしれません。

出 典

2024年 Nature 誌出版論文
  • 2024-1.「非常識にもほどがある!ブリッジRNAが橋渡しするDNA組換えメカニズム」東京大学先端科学技術研究センター 2024年6月27日. https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20240627.html
  • 2024-2 ”Bridge RNAs direct programmable recombination of target and donor DNA” Durrandt MO, Perry NT [..] Hsu PD. Nature 2024-06-26. https://doi.org/10.1038/s41586-024-07552-4;ゲノム編集の新たな章を開くRNAガイド型リコンビナーゼ酵素が発見された - この酵素を利用することで、ゲノム上の望む位置に、長いDNA配列の挿入、逆位、および欠失を実現できる。
  • 2024-3 "Structural mechanism of bridge RNA-guided recombination" Hiraizumi M [..] Hsu PD, Nishimasu H. Nature 2024-06-26; 挿入配列IS110リコンビナーゼを含む3つの複合体の構造について報告. https://doi.org/10.1038/s41586-024-07570-2
2026年 Nature 誌出版論文
  • 2026-1 "Overcoming the insertion bias in natural bridge recombinase systems for efficient excision" Hiroshi Nishimasu, Patrick Hsu. Arc Institute. 2026-08-12 https://arcinstitute.org/news/bridge-recombinase-excision
  • 2026-2 "Structural mechanism governing the directionality of bridge recombination" Masahiro Hiraizumi (1,10), Januka S. Athukoralage (2,10), Nicholas T. Perry (2,3,4,10), Eisuke Tsujimoto (1,10), Nami Shiojiri (1,10) [..] Patrick D. Hsu (2,3,7,8), Hiroshi Nishimasu (1,6,9). [+7]. Nature 2026-08-12.  https://doi.org/10.1038/s41586-026-10903-y
  1. Department of Chemistry and Biotechnology, Graduate School of Engineering, The University of Tokyo, Tokyo, Japan. 
  2. Arc Institute, Palo Alto, CA, USA. 
  3. Department of Bioengineering, University of California, Berkeley, Berkeley, CA, USA. 
  4. San Francisco Graduate Program in Bioengineering, University of California, Berkeley, Berkeley, CA, USA. 
  5. Department of Biochemistry, School of Medicine, Stanford University, Stanford, CA, USA. 
  6. Structural Biology Division, Research Center for Advanced Science and Technology, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
  7. Innovative Genomics Institute, University of California, Berkeley, Berkeley, CA, USA. 8Center for Computational Biology, University of California, Berkeley, Berkeley, CA, USA. 
  8. Inamori Research Institute for Science, Kyoto, Japan. 
  9. These authors contributed equally
  10. Corresponding authors
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