2024年、清華大学在籍時に筆頭著者兼共同責任著者としてTracking-seq(tracking RPA-bound single-stranded DNA by sequencing)を発表していた朱明(Ming Zhu)博士が今回、華東師範大学の研究員として同大のDali Li教授と共に主として同大学の研究チームを率いて開発したTracking-seq2 を Nature Communications 誌から紹介しています。ここでは、初代Tracking-seqを復習した上で、Tracking-seq2で採用された新技術と、拡充された性能を見ていきます。
初代Tracking-seqとは(復習)
Casヌクレアーゼによるゲノム編集は、DNA二本鎖切断(DSB)からの細胞内在修復機構に依存します。一方で、CBE/ABEとPEは、標的鎖のニック(一本鎖DNAの切断:SSB)形成とそれに続く修復・複製過程に依存しています。
朱明博士らは、いずれの修復過程にも、複製タンパク質A (RPA)と一本鎖DNAからなる中間体(以下、RPA/ssDNA)が存在することに注目し、これを追跡する(tracking)戦略をとりました。
朱明博士らは、いずれの修復過程にも、複製タンパク質A (RPA)と一本鎖DNAからなる中間体(以下、RPA/ssDNA)が存在することに注目し、これを追跡する(tracking)戦略をとりました。
RPAの主要サブユニットである RPA2 に対する抗体を用いて免疫沈降(ChIP-seq等)を行うことで、GEツールが作用して一時的に発生したssDNAの位置をゲノムワイドに網羅的捉えることに成功しました。これにより、切断様式(DSBかSSBか)を問わず、単一の標的タンパ質であるRPA2/ssDNA中間体を追跡するだけで一連のGEツールのオフターゲット部位を直接捉えることができる汎用性を実現しました。 [Tracking-seqの詳細は参考資料の#1参照]。
Tracking-seq2に向かう
Cas9ヌクレアーゼによる遺伝子治療法Casgevyが承認され [#2,3]、BEやPEによる臨床応用も近づいています [#4,5]。しかし、CRISPR系GEツールの臨床応用に対して、依然として、意図しないオフターゲットDNA損傷が、主要な安全上の懸念事項になっています。また、同一のガイドRNAを用いた場合であっても、編集ツールの種類や細胞型によってオフターゲット活性が著しく変動することが明らかになっています。
したがって、CRISPR系GEツールの臨床応用にあたっては、できる限り人工的ではない環境で、オフターゲット活性を高感度かつ直接的に検出することが必要ですが、初代Tracking-seqも、臨床応用に向けてはさらなる性能向上が必要でした。
Tracking-seq2の開発
研究チームは、初代Tracking-seqに対して、RPA2/ssDNA中間体のシグナルを極限まで増幅するDiscovery phaseと、Discovery phaseからの候補部位をネイティブな環境で検証するValidation phaseからなる二段階のフレームワークを構想し、Discovery phaseでは、DSBに依存するCas9やCas12aのようなヌクレアーゼによるGEと、SSBに依存するBEやPEヘと、初代Tracking-seqをそれぞれに最適化する戦略をとりました。
Discovery state:オフターゲット・シグナル(RPA/ssDNA中間体シグナル)を増幅させるために、前者には5'→3'エキソヌクレアーゼ処理とNHEJ経路の阻害を組み合わせ、後者には5'→3'エキソヌクレアーゼ処理のみを適用しました。これらの改良により、Tracking-seq2は、患者由来の初代細胞において有効に機能しつつ、ゲノムワイドなオフターゲット・プロファイリングにおける感度を大幅に向上させることが可能となりました。[Fig. 1の一部引用下図の a の左側(Detection phase) 参照]
Discovery state:オフターゲット・シグナル(RPA/ssDNA中間体シグナル)を増幅させるために、前者には5'→3'エキソヌクレアーゼ処理とNHEJ経路の阻害を組み合わせ、後者には5'→3'エキソヌクレアーゼ処理のみを適用しました。これらの改良により、Tracking-seq2は、患者由来の初代細胞において有効に機能しつつ、ゲノムワイドなオフターゲット・プロファイリングにおける感度を大幅に向上させることが可能となりました。[Fig. 1の一部引用下図の a の左側(Detection phase) 参照]
これらの措置はなぜ有効だったのでしょうか?
- 一つには、外因性5'→3'エキソヌクレアーゼ処理を加えることで末端切除(end resection)を延伸させ、RPAが結合するssDNA領域を人工的に著しく増幅させたことにあります。
- もう一つには、DSB(二本鎖切断)修復においては、NHEJ(非相同末端結合)とHR(相同組換え)が競合することを利用し、NHEJ阻害剤でHR経路へ誘導することでも、RPA/ssDNAシグナルを増幅させたことにあります。
Validation Phase [上図 a の右寄りのValidation Phase参照] :オフターゲット候補部位が、実際のゲノム編集細胞において本当に切断・変異を起こしている実効性のある部位(True Off-target)なのか、あるいは単なるノイズ(False Positive)なのかを検証するフェーズです。候補部位を対象に、追加処理のない編集済み細胞のDNAを標的ディープシーケンシングで超高深度解析(Deep Sequencing)することでTracking-seq2の予測精度や感度を正しく評価・検証します。
Tracking-seq2の臨床的意義
Tracking-seq2は、初代Tracking-seqを含む従来手法の限界を突破して、株化細胞を超えて、初代T細胞や造血幹・前駆細胞(CD34+ HSPCs)などの初代細胞におけるオフターゲットプロファイリングを実現しました。ひいては、個人ごとのSNPに起因する「患者固有のオフターゲット」の評価が可能になりました。[Fig. 5の一部引用下図の c/d 参照]
こうした結果を得て研究チームは、Tracking-seq2にも限界があるものの[補足の項参照]、ゲノム編集治療の安全性評価を行うにあたり、標準的な細胞株や適合しないドナー由来の細胞に依存することなく、患者由来の細胞を直接プロファイリングすることが重要であり、Tracking-seq2はそれに応えるツールである、としています。
出 典
"Ultra-sensitive profiling of CRISPR-Cas off-target effects with Tracking-seq2" Tingting Cong (1,3), Runda Xu (1,3), Xuancheng Chen (1,3), Junsong Yuan (2,3) [..] Dali Li (1,4), Ming Zhu (1,4) [+7]. Nat Commun. 2026-08-11. https://doi.org/10.1038/s41467-026-76778-9
"Ultra-sensitive profiling of CRISPR-Cas off-target effects with Tracking-seq2" Tingting Cong (1,3), Runda Xu (1,3), Xuancheng Chen (1,3), Junsong Yuan (2,3) [..] Dali Li (1,4), Ming Zhu (1,4) [+7]. Nat Commun. 2026-08-11. https://doi.org/10.1038/s41467-026-76778-9
- Shanghai Frontiers Science Center of Genome Editing and Cell Therapy, Shanghai Key Laboratory of Regulatory Biology, Institute of Biomedical Sciences and School of Life Sciences, East China Normal University, Shanghai, China.
- Tsinghua-Peking Joint Center for Life Sciences, Tsinghua University, Beijing, 100084, China.
- Contributed equally.
- Corresponding authors
参考資料
- 2025-06-11/2026-03-26更新 Tracking-seq:Cas9, BE, PEを介したゲノム編集に伴うオフターゲット効果を高感度で判定. https://crisp-bio.blog.jp/archives/38716349.html
- 2026-06-29/2026-07-03更新 5-11歳のSCDとTDT患者を対象とするCASGEVY®第3試験が進行中です - 米国では2歳以上への適応が承認されました. https://crisp-bio.blog.jp/archives/40547759.html
- 2026-04-03 Editas社のEDIT-301/reni-cel/による重症な鎌状赤血球症(SCD)および輸血依存性βサラセミア(TDT)の第1/2相試験の成績が公開された - NEJM誌刊行論文2報にて. https://crisp-bio.blog.jp/archives/40250753.html
- 2025-05-16/2025-12-09更新 患者 (新生児) のゲノム配列決定から6ヶ月でカスタマイズした塩基エディターの脂質ナノ粒子製剤による希少遺伝性疾患治療例が報告された(世界初)https://crisp-bio.blog.jp/archives/38590797.html
- 2024-12-05 [総説] プライム編集 (PE) による療法の進歩と機構の解明. https://crisp-bio.blog.jp/archives/37354920.html
補 足
既存のオフターゲットプロファイリング・システムとの関係性
- 多くのオフターゲット検出技術は二本鎖切断(DSB)を必要とするため、主にCas9システムへの適用に限られており(例:GUIDE-seq/GUIDE-seq-2、DISCOVER-seq/DISCOVER-seq+、CIRCLE-seq)、他のエディターにはそれぞれ専用の手法(例:CBEにはDetect-seq)が必要になります。
- GUIDE-seqやGUIDE-seq-2は、オフターゲット部位への外来オリゴデオキシヌクレオチドの組み込みを必要とすることから、脆弱な初代培養細胞において遊離DNA末端が大量に生じることで、アポトーシスが誘発されるリスクを伴います。
- DISCOVER-seq/DISCOVER-seq+では100万〜500万個の細胞を必要とするのに対し、Tracking-seq2ははるかに少ない細胞数(最小5万個)で実施可能であり、これは希少な臨床検体を用いる上で極めて重要な利点です。
- 無細胞生化学的アッセイ(例:CIRCLE-seq、SITE-seq)やin silico ツール(例:Cas-OFFinder、COSMID)とは異なり、Tracking-seq2は天然のクロマチン環境下で機能するため、素のDNAテンプレートや単純な配列アラインメントに伴う大量の偽陽性を排除できます。
- 本研究において、GUIDE-seq-2およびCOSMIDとの直接的な比較検証において、Tracking-seq2は初代T細胞において、それらと同等、あるいはそれ以上の感度を達成することが示されました。重要な点は、他の手法では検出されなかった独自の真のオフターゲット部位を特定したことです。これは、これらの技術が互いに補完的な関係にあり、それらを組み合わせて使用することが、包括的な臨床的安全性の評価において最も厳密な戦略となることを強調しています。
Tracking-seq2の限界
- 構造変異の不検出: 大規模な欠失や転座(translocation)などの構造変異は検出できない。
- 弱いシグナルの過大評価リスク: 強調処理(エキソヌクレアーゼ+NHEJ阻害)により、生理的条件では実効性のない弱い切断/ニック事象まで拾い上げる可能性がある(Validation phaseでの検証が必須)。
- 時間枠の制限: 一過性のRPA-ssDNA中間体を捉えるため、初期サンプリング以降に遅れて生じるオフターゲット事象を見落とすリスクがある
- CBEに対する感度不足: SSB修復経路の阻害剤が乏しいため、CBEの弱シグナル増幅には限界がある(著者らは Detect-seq の併用を推奨)。
- In vivo 未検証: 現時点では in vitro および ex vivo のみで実証されている。


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