crisp_bio

科学分野の比較的新しい論文と記事を記録しておくサイト: 主に、CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム編集, エピゲノム編集, 遺伝子治療, 分子診断/代謝工学, 合成生物学/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野) の観点から選択し、時折、タンパク質工学、情報資源・生物資源、新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症、機械学習・AIや研究公正からも選択

RNA医薬による眼疾患治療の可能性と障壁
眼は、その解剖学的構造上アクセスが容易であること、サイズが小さいこと、区画化された構造を有すること、そして相対的に免疫寛容性が高いことから、RNA医薬にとって魅力的な標的となっています。実際、新生血管を伴う加齢黄斑変性の治療のために硝子体内へ投与されるRNAアプタマーであるペガプタニブ(マクジェン)は、米国食品医薬品局(FDA)によって承認された最初のRNA医薬の一つです。

また、遺伝性眼疾患は、CRISPR/Cas9のような遺伝子編集ツールを用いて治癒できる可能性があるため、RNA治療法に特に適した対象となります。こうした編集ツール(カーゴ)は、眼への遺伝子送達に最も広く用いられているアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターのサイズ制限内に収めることが困難ですが、RNAとしてナノ粒子に封入することで、生体内(in vivo)での遺伝子編集を実現できます。さらに、ナノ粒子を用いた遺伝子編集酵素の送達は、酵素の長期的な発現を回避できるため、AAVベクターから発現させた場合に生じうるオフターゲット効果や免疫反応を抑えることができます。

しかし、特定の眼細胞種を選択して標的できる非ウイルス性送達プラットフォームが不足していることが、眼の疾患を対象とするRNA医薬開発の障壁となっています。今回、スタンフォード大学のPaul A. Wender教授R. M. Waymouth教授らが2010年代から研究開発を進めてきたDNA/RNAを送達可能にする「電荷変換型放出性トランスポーター(Charge-Altering Releasable Transporter:CART)」[*]によって、その障壁を乗り越えられることが、Science Advances誌刊行論文で、紹介されました。
[*] CRISPRメモ_2018/05/11-2 [第9項] Lipid-Modified Charge-Altering Releasable Transporters (CARTs)による機能性DNAの送達. 参照

電荷変換型放出性トランスポーター(CART)とは
カチオン性CARTは、酸性pH(<5.5)条件下では、ポリアニオン性RNAと静電的に結合し、安定なナノ粒子複合体を形成する [Fig.1 一部引用下図の A 参照]
RNA delivery Fig. 1
投与後、これらのナノ粒子は速やかに細胞内へ取り込まれ、電荷変換メカニズムを介して中性の低分子へと自己分解し、細胞質内へRNAを放出する。CARTの化学構造を修飾することでその指向性を調整でき、これまでに、脾臓、肺、筋肉などの臓器への標的トランスフェクションが実現されています。さらに最近では、CARTは「DIGIT(Discrete Immolative Guanidinium Transporters)」と呼ばれる個別の形態としても調製されており、これにより赤血球へのRNA送達も可能になっています [Nat Commun, 2025]

CARTの重要な点として、マウスへの静脈内または筋肉内投与において、血清サイトカイン濃度や組織病理学的検査で評価したところ、CARTは最小限の毒性しか示しませんでした
[Nat Commun, 2023] 。このことは、患者への使用において安全である可能性を示唆しています。

角膜内皮とは...
角膜の透明性を維持するために不可欠な細胞層であり、この細胞型における遺伝子変異は、フックス角膜内皮ジストロフを含むいくつかの失明性疾患の原因となっており、同疾患は世界的に角膜移植の主要な原因となっています。

角膜内皮は効率的な再生能力を備えていないことから、標的を絞った一過性の送達手法が有望視されていますが、これまで非ウイルス性の送達法でこの層に確実に到達できたものはありませんでした。

CARTによるRNA送達を検証
研究チームはまず、ルシフェラーゼmRNAを封入した13種類のCARTをスクリーニングし、「CART 8」を選定しました。[先のFig. 1の一部引用した図の E 参照]。 このCARTは、酸性pH下でカチオン性ポリマーがRNAと複合体を形成して細胞内に取り込まれた後、自己分解して積荷(RNA)を放出する特性を持っています。

研究チームは続いて、先行研究  [†] に倣って、Col8a2遺伝子の開始コドンを標的とするsgRNAおよびCas9 mRNAとCART8を複合体化して赤色蛍光(tdTomato)を高発現させたAi9マウスの前房に注射しました。その結果、角膜面積の1.3~4.9%においてtdTomato陽性が確認され、遺伝子編集が成功したことが確認されました。対照的に、Cas9 mRNAおよび対照用sgRNAをCART 8と共に注入した場合には、tdTomatoの発現はほとんど認められませんでした。[Fig. 4の一部引用下図の D/E 参照] 
RNA delivery Fig. 4
初回注入の1週間後にCas9 mRNAおよびAi9 sgRNAとCART 8を再度投与したところ、角膜の2.3~11.9%でtdTomatoの発現が認められました。また、投与から1ヶ月後のtdTomato発現解析により、編集された細胞が維持されていることも確認されました。

眼球の切片を観察したところ、tdTomatoの標識は角膜後部に限局しており 角膜内皮細胞において編集が行われたことが裏付けられました。アンプリコンシーケンシングを用いて当該遺伝子座における編集効率を測定したところ、Col8a2標的sgRNAを投与した群の角膜後部では、対照用sgRNAを投与した群(編集率0.1%)と比較して、4.0~18.8%の対立遺伝子において*Col8a2*の編集が検出されました [先の引用図のFとG参照]

CART 8は、直鎖状および環状のレポーターRNAの送達にも対応しました。また、in vitro(試験管内)ではヒトドナー由来の初代角膜内皮細胞への導入に成功し、in vivo(生体内)ではCRISPR-Casの代わりにEGFP mRNAを用いて、非ヒト霊長類(NHP)モデルであるアフリカミドリザル(*Chlorocebus sabaeus*)の角膜内皮への導入も行いました。マウスへの投与では内皮細胞の有意な減少は見られませんでしたが、NHPでは軽度の前房炎症と虹彩前面への導入が確認されました。

CART8実験の限界
  • 一連のCARTの中で、なぜCART 8が角膜内皮に導入されるのだろうか?内皮細胞に対する選択性の正確な理由はまだ特定されておらず、CART 8の指向性(トロピズム)が主にそのグアニジン化セリノールに由来するという仮説にとどまっています。
  • CART 8が角膜内皮細胞の密度および形態に及ぼす影響は評価されましたが、内皮細胞の機能については直接測定されていません。sgRNAとCas9の比率や電荷比といった遺伝子編集のパラメータも完全には最適化されておらず、Col8a2編集後のタンパク質レベルの変化の検証や、CRISPR/Cas9のオフターゲット活性のスクリーニングも行われていません。
  • 先行研究 [†] では、フックス角膜内皮ジストロフィのCol8a2マウスモデルにおいて、23.7%の編集率が角膜内皮機能を回復させるのに十分であったとされていますが、CART 8を介した遺伝子編集が同様に角膜疾患を改善し得るかどうかを判断するには、今後の実験が必要です。
  • NHPでは、マウスとは異なり、CART 8はNHPの虹彩前面にも導入されました。虹彩組織は血管が豊富で免疫細胞も多く存在することから、このようなオフターゲット発現は、免疫関連の安全上の懸念を引き起こす可能性があります。
  • CART 8の反復投与が角膜内皮に及ぼす累積的な影響については検討されていません。
CART 8の臨床応用に向けては、CART 8のトロピズムの機構の解明とさらなる最適化を経て、角膜内皮ジストロフィや損傷の動物モデルを用いて治療効果を検証することが不可欠です。

[†] 
crisp_bio 2022-09-29 CRISPR/Cas9による開始コドン破壊が、フックス角膜内皮ジストロフィー (FECD)を予防する. https://crisp-bio.blog.jp/archives/30337490.html

出 典
RNA delivery to the corneal endothelium using charge-altering releasable transporters” Sean K. Wang (1,2,12), Zhijian Li (3,12), Sahil H. Shah (2,12) [..] Paul A, Wender (3,10,13), Howard Y. Chang (1,5,9,11,13) [+10]. Sci Adv. 2026-08-21. https://doi.org/10.1126/sciadv.ady8161
  1. Center for Personal dynamic Regulomes, Stanford University, Stanford, CA, USA. 
  2. Department of Ophthalmology, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, USA. 
  3. Department of chemistry, Stanford University, Stanford, CA, USA. 
  4. Virscio, Inc., New Haven, CT, USA. 
  5. RNA Medicine Program, Stanford University, Stanford, CA, USA.
  6. College of Pharmacy, The Catholic University of Korea, Bucheon, Republic of Korea.
  7. Department of Chemical Engineering, Stanford University, Stanford, CA, USA. 
  8. VA Palo Alto Health Care System, Palo Alto, CA, USA. 
  9. Department of Genetics, Stanford University, Stanford, CA, USA. 
  10. Department of chemical and Systems Biology, Stanford University, Stanford, CA, USA. 
  11. Department of dermatology, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, USA.
  12. Contributed equally
  13. Corresponding authors.
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット