〜 Integrated DNA Technologies(IDT)社にUCSFが加わったNature Communications誌刊行論文にて〜

しかし、NGSを利用する他の応用分野では一般的に、実験手順や報告の統一性を図るためにベンチマークセットが用意されているのに対して、ゲノム編集におけるオフターゲット特定に関してはそうした用意が整っていません。
一方で、エディターのモダリティにかかわらず、gRNAの特異性が高まるにつれて、オフターゲットの頻度が急速に低下し、現在のNGSによる測定の限界(インデルで0.01%、塩基エディターで0.5%)以下になることが判明しました。しかし、特異性が高い場合でもエディターやgRNAの種類によってはオフターゲットが観測される可能性があるため、特異性の全範囲にわたって一貫かつ実験的にオフターゲットを特定し、検証することの重要性が浮き彫りにされました。
IDT社プレスリリース [#1] によれば、Nature Communications刊行論文の責任著者である同社のGavin L. Kurgan博士は、本研究について次のように述べています。「実際に確認された編集結果を基準として感度と精度を測定し、それらの測定値に影響を与える実施条件を確立するという分野横断的な取り組みを通じて、科学者、開発者、規制当局が、より高い確信を持ってオフターゲット候補特定戦略を評価できるような実用的な枠組みを本研究が提供できればと考えています。」
規制当局FDAが求めるオフターゲット編集活性情報
FDA(米食品医薬品局)は2026年4月に発表した遺伝子治療製品の安全性評価に関するドラフトガイドライン(Safety Assessment of Genome Editing in Human Gene Therapy Products Using Next-Generation Sequencing) [#2, 3] において、オフターゲット編集のリスクとゲノムの完全性という、安全性に関する2つの重要な領域を評価するために、次世代シーケンシング(NGS)の実施を義務付けました。対象はex vivo(生体外)およびin vivo(生体内)製品の双方に及び、IND(治験薬新薬申請)やBLA(生物学的製剤承認申請)における申請に必要とされています。これは、ゲノム編集が臨床・承認段階に進んだことで、オフターゲット評価そのものの標準化が迫られていることを、意味しています。

FDAのガイドライン文書では、オフターゲット編集活性(OFF-TARGET EDITING ACTIVITY)の評価については17ページの文書の大半を費やして解説されていて [右図に目次を引用]、「オフターゲット特定のために複数の直交する(異なる原理に基づく)手法を併用すること」が推奨されています。
FDAの「直交性」に関するガイドラインは、理想的には、NGSによる評価を実施する際のばらつきを含め、特定プロセスにおける既知および未知の弱点を軽減することを目的としています。そのために、ガイドラインにはオフターゲット編集部位の選定、オフターゲット編集部位の確認、およびオフターゲット解析パラメータに用いられる手法についての推奨事項が提示されています。
しかし、具体的な手法は指定されず、また、多様な手法を評価・比較するための「ゴールドスタンダード(標準的基準)」も提示されていません。したがって現時点では、ゲノム編集・療法承認を目指す研究開発においては、オフターゲット編集活性を多層的かつ相補的に評価するアプローチを模索していくことになります。
しかし、具体的な手法は指定されず、また、多様な手法を評価・比較するための「ゴールドスタンダード(標準的基準)」も提示されていません。したがって現時点では、ゲノム編集・療法承認を目指す研究開発においては、オフターゲット編集活性を多層的かつ相補的に評価するアプローチを模索していくことになります。
オフターゲット編集活性の特定・予測技術の現状
この技術は、「細胞ベース(in cellulo/in situ)」、「計算機ベース(in silico)」、「生化学的アッセイ(in vitro)」の3つのカテゴリーに分類され、それぞれに特有の利点と欠点があります。
- GUIDE-seq [#4, 5, 6] のような細胞ベースのアッセイは、細胞環境を正確に模倣できるため、高い精度を持つことで知られています。細胞ベースの手法は、細胞型やドナーに特異的な形でオフターゲット部位を特定できる一方、多様なゲノム集団を網羅的に反映することには課題があります。また、その作用機序として、DNA二本鎖切断(DSB)や、非相同末端結合(NHEJ)を介した二本鎖DNA(dsDNA)タグの平滑末端挿入といった、生物学的な変動を伴うプロセスを必要とするのが一般的です。
- CIRCLE-seq [#7] やCHANGE-seq [#8] といった生化学的in vitroアッセイは感度が高く、無細胞ゲノムDNAを用いて実施されるため、多様な編集条件において患者の遺伝子型を反映させることが可能です。しかし、精度は低く、酵素活性に大きな影響を与える細胞環境を再現することが困難であるという欠点があります。
- Cas-OFFinder [#9] などの計算機ベース(in silico)のアプローチは、患者のゲノムや集団に特異的な形で、gRNAと相同性を持つすべてのオフターゲット候補部位を迅速に予測できます。しかし、多様な細胞型における酵素活性や生物学的活性を予測するためのデータが不十分であるため、予測精度は低いという課題があります。
いずれの手法も共通して、既知の真値(true value)に対する感度を特徴付けるための実証データや標準の適用が不足しているという課題に直面しています。これは、各gRNAについて真陽性(true positive)の完全なリストを偏りなく特定することが困難であるためです。オフターゲットに関する安全性の評価を適切に標準化するには、評価手法に関する包括的な情報と、その使用に関する指針が不可欠です。
NGSによるオフターゲット候補部位の同定(nomination)
NGSにおけるライブラリ調製の効率、ライブラリの複雑性、リード深度、および計算解析手法がすべて、NGSによる特定に影響を及ぼす制約要因になります。そこで、細胞内(in-cellulo)手法における上流の生物学的プロセスやライブラリ調製の非効率性を改善する試みがされています。また、オフターゲットを広範に編集する代替細胞株(プロキシ細胞株)を用いることが、造血幹前駆細胞(HSPC)におけるオフターゲットの「スーパーセット(包含集合)」を提示し得るという、生物学的な最適化に関する知見も示されています。
しかし、NGSを利用する他の応用分野では一般的に、実験手順や報告の統一性を図るためにベンチマークセットが用意されているのに対して、ゲノム編集におけるオフターゲット特定に関してはそうした用意が整っていません。
ゲノム編集手法(モダリティ/modality)の多様化への対応
その間に、ゲノム編集技術の急速な進歩により、オフターゲット部位同定プロセスはさらに複雑化しています。タイプII CRISPR-Casヌクレアーゼによる標的二本鎖切断(DSB)を介した手法に続いて、続々と様々な編集ツールが開発されて来ました。その例として、突出末端を生成するタイプV CRISPR-Casシステムや高精度Cas9の開発、編集のために改変された機能部位と組み合わせた一本鎖DNA切断(SSB)を利用するシステムなどが挙げられます。
アデニン塩基編集(ABE)、シトシン塩基編集(CBE)、プライム編集(PE)といったSSBを利用する改変技術は、意図しないインデル(挿入・欠失)の頻度低下や、通常は相同組換え修復(HDR)を必要とするインデルを伴わないDNA改変を可能にするなどの利点を提供します。しかし、これらの技術については、オフターゲット評価に適した特定アッセイに関する合意された指針が存在せず、これまでの研究ではDSBを対象とした特定手法が代替手段として広く用いられてきました。これらのエディターはインデルとSNPの双方を生成する性質があるため、オフターゲットを高感度に特定するには、各イベントタイプに特化した直交的なアプローチが必要となる可能性があります。
UNCOVERseqのアプローチ
GUIDE-seqのプロトコル [#5] に準じて、まず生細胞内においてCRISPR-Cas9によって生じたDNA切断部位が二本鎖DNAタグで標識されます。その後、ゲノムDNAが断片化され、RNase H依存的PCRによってタグとゲノムの接合領域が濃縮されます。この過程の中でGUIDE-seqからは、DNA断片化の手法が機械的な方法から酵素的な方法へと変更されました。また、シーケンシングに先立ち、ブロッキングオリゴヌクレオチドを用いることで、タグとアダプターが結合した副産物の生成を全リード数の平均37~67%から平均0.3~0.5%にまで低減し、結果としてリードの99%以上がgDNAとdsDNAの結合部位に由来するものとなりました [Fig. 1の一部(A/B)引用下図参照]。
ウエット実験プロトコルの改善に加えて、インシリコ解析にも改善が加えられました。sgRNAとDNAとのアライメントにおいて、Smith-Watermanアルゴリズムに代えてNeedleman-Wunschアルゴリズムを採用したことで、検出可能なオフターゲット部位が最大で数倍〜数十倍まで増加しました。
こうして、NHEJ(非相同末端結合)を介したdsDNAタグの組み込みと、RNase H依存性PCR(rhPCR)を用いたライブラリ調製を組み合わせた、最適化されたエンドツーエンドの細胞内オフターゲット候補特定手法および解析パイプライン「UNCOVERseq(Unbiased Nomination of CRISPR Off-target Variants using Enhanced RhPCR)」が確立されました。
ベンチマークセットを整備
研究チームは、既存のオフターゲット候補部位同定法とUNCOVERseqの性能を評価するために「Inter-method off-target confirmation benchmarking dataset」と称するベンチマークセットを新たに構築しました。
- 手法間の性能を厳密に比較するために、比較的多くのオフターゲット部位を帯び、また、臨床応用の観点から2種類のgRNA(標的遺伝子:LAG3とPDCD1)が評価軸として選定されました。
- 複数手法による網羅的なノミネーション:UNCOVERseqだけでなく、既存の細胞内(in cellulo)手法であるGUIDE-seqや、試験管内(in vitro)生化学的手法であるCHANGE-seq、CIRCLE-seq、SITE-seq [#10]、AID-seq [#11] など、主要なオフターゲット検出手法をすべて網羅し、それぞれが「オフターゲットの可能性がある」と挙げた候補部位をすべて洗い出しました。
- その上で、ターゲット・ディープシークエンシングによって全ての候補部位をウエット実験で確認することで、どの部位が「本物のオフターゲット(真陽性)」で、どの部位が「偽陽性」であるかの正解リスト(グランドトゥルース)を整えました。
UNCOVERseqの性能・特徴
- ベンチマークデータセットにおいて、感度97.6%と精度78%を達成し、他のノミネーション法を凌駕しました [Fig 6の一部(H)引用下図参照]。
- 実験的に観測可能な0.01%未満のインデル編集頻度を持つリスク階層化された編集部位を検出可能にしました。
- 編集が起こりやすい(プロミスキュアスな)条件下で細胞株を用いて本手法を適用することが、臨床的に重要な細胞タイプにおけるオフターゲット予測の感度の高い代替手段となることを実証しました。[Fig. 2引用下図参照]
- ライブラリの複雑性、カバレッジ深度、およびプロセス全体の管理に関する実験的指針を確立しました。
UNCOVERseqは多様な編集モダリティに対応
造血幹前駆細胞(HSPC)などの臨床応用に関連する細胞株において評価しました。UNCOVERseqを用いて、ベンチマークセットを拡大した192種類のgRNAをスクリーニングすることで、現実に利用される例(ユースケース)を広く代表する、多様な特異性を持つgRNAセットを特定しました。
その結果、塩基エディターによるオフターゲット効果はDSB(二本鎖切断)を伴う編集頻度と直接的かつ順位相関があることが判明し、UNCOVERseqが第1世代のヌクレアーゼによる編集モダリティと第2世代の編集モダリティの双方において、重要なオフターゲット部位を特定するための有効な技術であることが示されました。
その結果、塩基エディターによるオフターゲット効果はDSB(二本鎖切断)を伴う編集頻度と直接的かつ順位相関があることが判明し、UNCOVERseqが第1世代のヌクレアーゼによる編集モダリティと第2世代の編集モダリティの双方において、重要なオフターゲット部位を特定するための有効な技術であることが示されました。
一方で、エディターのモダリティにかかわらず、gRNAの特異性が高まるにつれて、オフターゲットの頻度が急速に低下し、現在のNGSによる測定の限界(インデルで0.01%、塩基エディターで0.5%)以下になることが判明しました。しかし、特異性が高い場合でもエディターやgRNAの種類によってはオフターゲットが観測される可能性があるため、特異性の全範囲にわたって一貫かつ実験的にオフターゲットを特定し、検証することの重要性が浮き彫りにされました。
crisp_bioメモ
- 治験薬および承認薬としての承認の観点からのオフターゲット候補部位の同定とオフターゲット編集活性の測定、およびその生物学的意味(安全性と有効性)の「証明」については、まだまだ紆余曲折がありそうな気がします。
- 例えば、8月30日投稿の「CRISPR-Cas9によるオフターゲット変異や染色体転座の結果は, 生体内で不均一であり臓器特異的である」の中で触れたように、「変異頻度が約0.1%であったとしても、約2,000億個の肝細胞で構成されるヒト肝臓の場合、意図しないゲノム編集変異が約2億個の細胞で発生する」可能性があり、そのリスクを潰していく必要があすとすれば。
[#] 参考文献・記事
- IDTのプレスリリース "Integrated DNA Technologies Scientists Set New Performance Benchmark for CRISPR Off-Target Nomination" IDT 2026-08-11. https://sg.idtdna.com/pages/about/news/2026/08/11/integrated-dna-technologies-scientists-set-new-performance-benchmark-for-crispr-off-target-nomination
- FDAの公報:"Safety Assessment of Genome Editing in Human Gene Therapy Products Using Next-Generation Sequencing" FDA . APRIL 2026 (current as of: 06/24/2026). https://www.fda.gov/regulatory-information/search-fda-guidance-documents/safety-assessment-genome-editing-human-gene-therapy-products-using-next-generation-sequencing
- FDAガイダンスの解説 "FDA Genome Editing Guidance for Gene Therapy Safety: What Every Sponsor Needs to Know in 2026" PahrSafer 2026-05-13. https://pharsafer.com/regulatory-intelligence/fda-genome-editing-guidance-gene-therapy/
- 「生体内でのCRISPRシステムによるオフターゲット編集を網羅的かつ高感度で検出可能にするGUIDE-tag」crisp_bio 2022-01-29. https://crisp-bio.blog.jp/archives/28515047.html
- 「プロトコル:CRISPR-Casゲノム編集ヌクレアーゼの活性をゲノムワイドで判定可能とするGUIDE-seq」crisp_bio 2021-11-18. https://crisp-bio.blog.jp/archives/27935967.html
- 「CRISPR-Casヌクレアーゼのオフターゲット効果をゲノム全域にわたって俯瞰可能にするGUIDE-seq」crisp_bio 2021-11-18 https://crisp-bio.blog.jp/archives/1509582.html
- 「プロトコル:CIRCLE-seqによりCRISPR-Cas9のヌクレアーゼの活性をゲノムワイドで決定する」CRISPRメモ_2018/10/22 [第1項] http://crisp-bio.blog.jp/archives/13043165.html
- 「Cas9のオフターゲット編集活性測定をスケーラブルに変えたCHANGE-seq」crisp_bio 2020-06-22. https://crisp-bio.blog.jp/archives/23382627.html
- "Cas-OFFinder: a fast and versatile algorithm that searches for potential off-target sites of Cas9 RNA-guided endonucleases" Sangsu Bae, Jeongbin Park, Jin-Soo Kim. Bioifomatics 2014-01-24/May. https://doi.org/10.1093/bioinformatics/btu048
- 「配列相同性に依存しないCas9オフターゲットサイト・アッセイ法の比較: GUIDE-seq, CIRCLE-seq, およびSITE-seq」crisp_bio 2020-12-27. https://crisp-bio.blog.jp/archives/25147837.html
- 「超並列CRISPRオフターゲット検出法AID-seqを開発し、Cas9とCas12aのオフターゲット予測モデルを構築」crisp_bio 2023-06-13/2023-08-29更新. https://crisp-bio.blog.jp/archives/32518053.html
出 典
"UNCOVERseq enables sensitive and controlled gene editing off-target nomination across CRISPR-Cas modalities and systems" Kyle J. Kinney (1), Kun Jia (2) [..] M. Kyle Cromer (2), Garrett Rettig (1), Gavin L. Kurgan (1,3). [+14]. Nat Commun. 2026-08-11. https://doi.org/10.1038/s41467-026-74623-7
- Integrated DNA Technologies, Coralville, IA, USA.
- Department of Surgery, University of California, San Francisco, CA, USA.
- Corresponding author



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