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[注] 「ダム決壊型排水」は出典論文で使われている"Dam-Break Drainage"の仮訳です。

感染症診断に必須な核酸検査法については近年、CRISPR技術を利用しながら、前増幅不要でワンポット反応で完了するCRISPR Dxツールの研究開発が盛んに行われています。しかし、高感度と検査の利用しやすさ(アクセシビリティ)を両立させることは依然として困難です。

この課題に対して、北京科技大学の研究チームは、追加の機器や手動操作を必要とせず、単にサンプルを注入するだけで1〜2種類のウイルスRNA標的を視覚的に検出できるチップデバイスを開発しました。CRISPR Dxの課題を一挙に克服するこの斬新な解決法が、Nature Communications 誌にて発表されましたので紹介します。

チップの構成と反応過程

「ダム決壊型排水」は、標的RNAウイルスによって活性化されたCRISPR-Cas13aが、液体に対する分子バリア(ダム)の濡れ性 [JOGMEC JOURNAL Webサイト参照] を変化させ、それにより液体が分子バリアを超えて移動するという奇想天外な戦略を具現化したチップです。ここでは具体的に、 一種類のウイルスを検出するsingle-plexチップの構造とワークフローで見ていきます。[Fig. 1引用下図参照(クリックすることで拡大されます)]
A CRISPR-based ‘dam-break drainage’ Fig. 1
  • チップの構造 [図右側中段の I 参照]:液体を貯めておくリザーバー、液体を堰き止めるダム、液体が流れるチャネル、およびリザーバーから排出された液体を回収するコレクションゾーンで構成されています。リザーバー内には、予め凍結乾燥されたCas13aとcrRNAがセットされ、検体を含む視認性を高めるために着色された液体(以下、検体液)が注入されます。
  • ダムの構造 [上図右側上段の II 参照]:リザーバー側から見て、疎水基反応基、そして親水基の「トライ(3層の)・ブロック・プローブ」で構成されています。
  • ダムの機能:リザーバー内の液体は、Cas13aの反応がある程度進むまでは(閾値までは)、疎水基の密な層によって堰き止められています。
  • ダムの崩壊:リザーバーに検体液が流入すると乾燥状態のCas13aとcrRNAが溶け出し、複合体を形成し、検体液内にcrRNAの標的であるcrRNAが存在すると、Cas13aが標的を認識した際に周囲のssRNAも巻き込んで切断するのトランス切断活性(コラテラル活性)が発揮され、反応基を切断し、疎水基の層を破壊します [上図右側下段の III 参照]。これによりダム表面に親水基が露出し、着色されていた検体液が2分以内でチャンネルへと流れ出し(排水され)、肉眼でのRNAウイルス陽性判定が可能になります。[上図左側下段の b 参照]

Single-plexチップからduplexチップへの展開
研究チームは症状が似ているA型とB型のインフルエンザウイルスを同時に判別する状況を想定して、同じチップで2種類のウイルスを同時に判定可能とするduplexチップを、いくつかの工夫を経て、実現しました。
  • リザーバーをメイン・リザーバーに加えてサブ・リザーバーを用意しました。
  • 検体液はメイン・リザーバーから2つのチャネルへと流れ、それぞれ標的A用の分子ダムと標的B用の分子ダムに遭遇します。
  • Single-plexチップの場合と異なり、それぞれの分子ダムのトライ・ブロック・プローブに、Aを標的とするcrRNAとBを標的とするcrRNAがアミノ基を介して固定されています。
  • 検体液内のCas13aは、分子ダムに到着すると、それぞれの分子ダムに固定化されたcrRNAと複合体を形成し、コラテラル活性を発揮することになります。ここで、crRNAを介して分子ダムに固定化されたCas13aは近傍のプローブしか切断できずダムの崩壊効率が相当に低下することから、crRNAを分子ダムに固定する際に、Cas13aの標的になり得る6連続ウラシルのリンカーを組み込みました。こうして、signle-plexチップの場合と同様に、Cas13a-crRNA複合体が溶液中を自由に遊動し分子ダムの崩壊を促進することが可能になりました。
  • サブ・リザーバーは何のためだったのでしょうか?仮に標的A側で分子ダムが一気に崩壊すると、メイン・リザーバー内の検体液量が下がり過ぎ(閾値を切り)と、標的B側の経路が機能しなくなることを回避するために、サブ・リザーバーから自動的に検体液が補給される機構が組み込まれています。[duplexチップの詳細については論文Fig. 4-6参照]
チップの診断性能
  • 単一のウイルスを対象にした場合は10 aM(アトモル濃度:10-18mol/Lという極めて低い濃度)の感度で2分以内に、2種類のウイルスの同時検出の場合は、100 aMの感度で5分以内に検出可能です。
  • このチップは高感度であるとともに、1種類のウイルスと2種類のウイルスの検査あたりのコストがそれぞれ0.20ドルおよび0.30ドルと極めて安価なことも特徴です。
臨床サンプルでの実証
室温での細胞溶解とRNase阻害を組み合わせた実用的な臨床検体処理ワークフローを確立し、SARS-CoV-2、A型インフルエンザウイルス、B型インフルエンザウイルスを対象とした40件の鼻腔スワブ検体で本プラットフォームを検証した結果、RT-PCR法と一致する結果が得られました。

こうして、閾値制御を利用した流体制御戦略は、チップ以外の装置を必要としない自動目視判定可能であり、大型の分析装置を置けないクリニックや現場でもその場で検査できる、迅速・低コストのPOCT(Point-of-Care Testing:現場即時検査)システムとして実装されました。

crisp_bioメモ
Cas12またはCas13のコラテラル活性を利用したCRISPR Dxは、このところ、「検体の前増幅不要かつワンポット反応」の様式を目指して、ありとあらゆる反応系が組み合わされ、あるいは、生み出されてきたように思っていましたが、まだまだ、新たな工夫があることに、気付かされました。

出 典
"A CRISPR-based ‘dam-break drainage’ sensing architecture for rapid, affordable and ultrasensitive pathogen detection" Kai Liu (1,2), Xiang Li (1,2) [..] Yang Sun (1,3), Zhengping Li (1,3). Nat Commun. 2026-08-22. https://doi.org/10.1038/s41467-026-77042-w
  1. Beijing Key Laboratory for Bioengineering and Sensing Technology, School of Chemistry and Biological Engineering, University of Science and Technology Beijing, 30 Xueyuan Road, Haidian District, Beijing, PR China
  2. Contributed eqaully
  3. Corresponding authors
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