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科学分野の比較的新しい論文と記事を記録しておくサイト: 主に、CRISPR生物学・技術開発・応用 (ゲノム編集, エピゲノム編集, 遺伝子治療, 分子診断/代謝工学, 合成生物学/進化, がん, 免疫, 老化, 育種 - 結果的に生物が関わる全分野) の観点から選択し、時折、タンパク質工学、情報資源・生物資源、新型コロナウイルスの起源・ワクチン・後遺症、機械学習・AIや研究公正からも選択

先端的AI企業の一つ「Anthropic社」がサンフランシスコ・ベイエリアにウエット・ラボ(分子から生体までを実際に扱う実験を行うラボ)を立ち上げたことは、2026年9月18日のロイター通信の報道 [1] で公にされました。それから1週間足らずで、このブログ記事のタイトルにあるように、ラボにおける生物学的発見が同社のブログ [2] とプレプリント [3]から公にされ、科学系メディア [4]からマスコミ [5]まで、一斉に報道されました。

Anthropic社はなぜ生命科学研究チームによるウエット・ラボを立ち上げたのか

生物学や医学に革命をもたらした発見の多くは、自然界に存在する驚くほど多様な分子機械の中に、科学者が「何か奇妙なもの」を見出したことから始まりました。

DNA上の特定の短い配列を切断するタンパク質である「制限酵素」は、細菌の免疫システムの中で発見されました。このシステムは、侵入してきたウイルスのDNAを破壊する役割を担っています。研究者たちは、これらの酵素を利用して任意の場所でDNAを切断し、ある生物の遺伝子を別の生物に組み込めることに気づき、これがバイオテクノロジー産業の幕開けとなりました。

また、高温下でDNAを複製する酵素である「Taqポリメラーゼ」は、イエローストーン国立公園の温泉に生息する細菌から特定されました。これは、現代の診断技術の多くで利用されているDNA複製法「PCR」の基礎となりました。

さらに、CRISPR-Casシステムは当初、特定の細菌のDNAに見られる「奇妙な反復配列」として報告されましたが、今や、生物学医学を支える多様なツールボックスを拡充し続けています。

同社は2026年春に、汎用的なAIモデル(general AI models)がこうした発見を体系化し、加速させることができるかどうか」を検証するための研究グループを結成しました。「研究プロセスのあらゆる段階でAIエージェントと人間が協働するという、生物学研究の新たな手法を確立することこそが、この加速を実現する」と考えてのことです。

AIと人間が共同する新たな研究スタイルを確立するには、独自の実験室を構築し、Claudeへの生物学に関する学習から実験室での実験実施に至るまで、すべての工程を一貫して担う単一のチームを編成する必要がありました。

[注] Anthropic社はバイオセキュリティーの観点から「BSL-1・BSL-2レベルの研究のみ行い、ヒトに感染する病原体は扱わない」と表明しています。

CRISPR-Cas様 ART(アレイ関連逆転写酵素)の発見
  • 研究チームはまず、Claudeに対し、膨大なDNA配列データベースを検索し、興味深い新規のRT(逆転写酵素)の例を探し出すよう指示(プロンプト)を出しました。
  • このプロジェクトにおいて、研究チームの関与は、最初の指示と実験室での作業に限られ、データベースの精査、個別のRTファミリーの調査、そして興味深い候補の選定といった判断は、Claudeのエージェント自身が行いました。
  • 949のAIエージェントが2億1560万トークンを消費して21.5時間にわたりデータを検索した結果、あるAIエージェントが注目すべきものを発見しました。それは、新たなRTの遺伝子と、それに隣接するパートナー遺伝子、そして、DNA配列の反復パターンと、CRISPR-CasシステムをコードするDNA配列を思いおこさせる構成でした。
  • その後、研究チームによる分析と実験室での検証を経て、この反復パターン(アレイ)が短いRNAとして発現していることを確認し、「CRISPRのようなプログラマブルな遺伝子編集・操作ツールに応用できる可能性がある」と判断しました。これが ART(Array-associated Reverse Transcriptases / アレイ関連逆転写酵素)です。
  • Claudeのセッションの記録からは、ClaudeがDNA配列を直接解析し、非典型的な反復配列を認識することでARTファミリーを特定したことが確認されました。この挙動は、反復DNA配列に応答するClaudeのAIエージェントに特有な内部シグナルに起因するものです。ARTアレイは、黄色ブドウ球菌ファージの感染時に高発現し、個別のユニットとして現れることから、多様なRNAレパートリーによって制御されるRTシステムであることが示唆されました。これらの知見は、LLMが自律的に異常を検出し(「奇妙な配列」を発見し)、解析を主導することで、生物学的な発見を創出できることを意味します。
[注] AIによるART発見の詳細については後述の「Claudeを用いたエージェント型ゲノムマイニング」の項を参照なさってください。

成果の共有

ARTの主要な機能を解明するための研究は現在も進行中ですが、Claudeの能力を実証し、同社が取り組んでいる内容をコミュニティによって認識され・理解され・利用されるように、こうした発見を早期に共有することは重要だという考えから、ART発見を詳細を解説したプレプリント [3] が公開されました。

プレプリントの筆頭著者は、あのVIPRを発見したPeter H. Yoon博士

Yoon博士は、当時Jennifer A Doudnaノーベル賞受賞者がUC Berkeleyにて設立したInnovative Genomics Instituteにて、構造を手がかりに生成生物学AIモデルEvo2も利用して、CRISPR-Casシステムの祖先とされるRNA誘導型の超小型DNA認識システム「VIPR(Viral Interference Programmable Repeat)」の発見を主導した研究者(2編のVIPR論文 [6] の筆頭著者)です。

Yoon博士は、VIPR論文が出版された後出版に先立ち、2026年のAnthropic社ウエット・ラボ設立の際に、同社に参画しました。

ARTの発見は、AIエージェントのチームを介して、VIPR発見のプロセスを再現したと言えるのかもしれません。

Claudeを用いたエージェント型ゲノムマイニング
[注] プレプリントのFigure 1の一部引用下図参照
Autonomous AI Agents Discover Reverse Transcriptases
概 要
  • 研究のゴールのアウトラインを記した指示書 (brief)に基づいて、ゲノムマイニング・キャンペーンを実行するための「エージェント・ハーネス」(LLMエージェントを調整・統括するソフトウェア)を構築しました [引用図 A参照]。
  • 研究の指示書は、相同配列をデータベースで探索するといった大まかな手順を示す一連の分析段階へと変換されます。
  • 各段階は、配列プロファイル検索などのより小さなタスクとして実行されます。この際、1つのClaude Codeエージェントが「作業者(ワーカー)」として計画の立案と実行を担い、もう1つのエージェントが「監督者(スーパーバイザー)」として計画や結果のレビューを行います。
  • 監督者は、作業中に得られた知見に応じて新たな作業者のためのタスクを新たに立ち上げることができ、これにより、発見の蓄積に合わせてキャンペーンを拡張していくことが可能になります。
  • すべての計画、結果、レビューは共有記録に書き込まれるため、このハーネスは共通の記憶を持つマルチエージェントシステムとして機能します。
  • タスクキューが空になった時点でキャンペーンは終了し、その成果は書面による報告書として人間のレビュアーに提示されます。
実行例
  • 研究チームは、新たなパートナー遺伝子との関連性に基づいて新規のRT(逆転写酵素)システムを特定するようエージェントに求める研究指示書を作成しました。
  • Claude Mythos 5を用いて実行したところ、エージェントは独自の配列プロファイル隠れマルコフモデル(HMM)と参照セットを構築し、約20万(198,290) 個のRTクラスターを抽出して、それらを9つの異なるRTクラスに分類しました [引用図 B]。
  • 続いて、全クラスにわたる10,983個のRT遺伝子座をサンプリングし、その近傍に繰り返し出現する3,564個のタンパク質ファミリーをパートナー候補としてスコアリングしました。
  • その結果、エージェントが定めた選択基準とアノテーションのレビューを通過した16のファミリーが特定され、それぞれについて専任の作業者が詳細な調査を行いました [上図 B]。
  • 作業の過程で得られた知見に基づき、エージェントは98個の新規タスクを立ち上げ、そのうちの1つが17番目の候補の選出につながりました [引用図 C]。
  • 一連のキャンペーン全体では、119のタスクと949のエージェントセッションが実施され、人の介入なしに、延べ77エージェント時間および2億1560万トークンを費やし、実時間(ウォールクロックタイム)にして21.5時間を要しました。
  • パートナー候補となった17のファミリーのうち、これまで報告されていなかったRT(レトロトランスポゾン)との関連が確認されたのは3つのみでした。残りの14については、アノテーション上のアーティファクト、既知のシステムの一部、あるいは特定のパートナーではなく単に近傍に位置する要素であるとして、除外または保留とされました。
  • この調査では、パートナー遺伝子との関連付けに加え、個々のRTやその隣接DNAに見られる特異な特徴も指摘され、それらは後続の作業者による詳細な検討対象とされました。
  • 指摘されたRTのうち3つは、新たなRT系統として特定され [引用図 D] ました。
crisp_bioメモ
  • 当ブログでは、9月に入ってからAlphaGenome Atlasを紹介する投稿 [7] を代表として、「Aix バイオ」関連記事が急増しています [8-13]
  • AlphaGenome AtlasもClaude Mythos 5と同様に、開発プロジェクト全体を自律的に推進するAIエージェント「Google Antigravity」のskillとして統合されており、crisp_bioはそのブログの投稿記事にて、「こうしたエージェント型システムを介して、変異の優先順位付けから仮説生成、可視化、実験計画へ、そしてロボットを介した実験を経てAlphaGenome Atlasへというループが形成されるようになるかもしれません。」と記しました。
  • 今回、Anthropicからの報告が加わったことで、いずれはPI(主任研究員)が「AIエージェント × ロボット」システムに「指示書」を与えると、それ以後はシステムが自律的に研究を進め、論文執筆にまで至るような時代が来るような気がしないでもありません。
  • そうだとすれば、研究開発責任者はいずれ「AIエージェントへの投資」と「人材への投資」の選択を迫られ、研究者自身にも「AIエージェントをいかに指揮しAIエージェントと協働するか」という新たな資質が問われることになりましょう。もっとも、これは「新しい技術、例えば、CRISPRーCasシステム」が登場するたびに繰り返されてきたことではありますが。
参考資料(ニュース; ブログ; プレプリント; crisp_bio記事)
  1. "NEWS: Anthropic quietly sets up biology lab as it ramps AI drug program" Jeffrey Dastin, Michael Erman. Reuters. 2026-09-18. https://www.reuters.com/world/anthropic-quietly-sets-up-biology-lab-it-ramps-ai-drug-program-2026-09-18/
  2. "BLOG: Claude discovers a novel enzyme system with CRISPR-like repeats" Anthropic 2026-09-23. https://www.anthropic.com/news/claude-discovers-novel-enzyme-system
  3. "PREPRINT: Autonomous AI Agents Discover Reverse Transcriptases with Tandem Repeat Arrays" Peter H. Yoon, Januka S. Athukoralage, Emmanuel Ameisen, Eric Kauderer-Abrams, Nicholas T. Perry †, Matthew G. Durrant †. alphaXiv. 2026-09-23. (Anthropic, † Correspondence) https://www.alphaxiv.org/pdf/2609.ai-agents-discover-reverse-transcriptases
  4. "NEWS: Anthropic’s Secretive AI-Powered Wet Lab Breaks Cover and Makes First Discovery" R. J. Mackenzie. The Scientist. 2026-09-25. https://www.the-scientist.com/anthropic-s-secretive-ai-powered-wet-lab-breaks-cover-and-makes-first-discovery-75037
  5. "NEWS: Anthropic’s A.I. Is Teaching Itself Biology. Now It’s Made Its First Discovery." Carl Zimmer. The New York Times. 2026-09-24. https://www.nytimes.com/2026/09/24/science/anthropic-biology-lab-enzyme.html
  6. [Science誌] CRISPRの起源:1塩基スキップの「非連続コード」と三重らせん構造によるRNA誘導型超小型DNA認識システム「VIPR」をファージから発見. crisp_bio 2026-09-21. 
  7. 【Alxバイオ】AphaGenome Atlas:AlphaFold2, AlphaMissense, AlphaGenomeの先へ. crisp_bio 2026-09-11. 
  8. ゼロショット適応度予測モデルとガイドRNA短縮化により、真核生物由来Fanzorから高効率ゲノム編集システム「enFanzor」を創出 crisp_bio 2026-09-07. 
  9. 適応型AI「EvoMax」によるコンパクトなFanzor2ヌクレアーゼの指向性進化を実現. crisp_bio 2026-09-07 
  10. 【AI×バイオ】AlphaFold2 DBを構造(7回膜貫通型フォールド)で検索することで「ダーク・プロテオーム」からGPCRに似て非なる「TM184C」を発見. crisp_bio 2026-09-12.
  11. 【Cell誌】AI特集号(2026年9月17日発行の第189巻19号)で、自らの「共進化」を宣言crisp_bio 2026-09-19. 
  12. 【Cell誌AI特集号】バーチャル・セル構築の基盤:50種のがん細胞×1,100種超の薬剤による大規模摂動アトラス「Tahoe-100M」crisp_bio 2026-09-21. 
  13. 【CELL誌AI特集号】多様な細胞コンテキストにおける多彩な摂動に対する単一細胞レベルの応答を高精度で予測する機械学習モデルStateをCell誌から発表. crisp_bio 2026-09-23 
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