背 景
高密度リポタンパク質(HDL)は、一般に善玉コレステロールと呼ばれ、血管中の過剰なコレステロールを肝臓に戻す逆コレステロール輸送、抗酸化作用、および抗炎症作用を介して動脈硬化を防ぐ役割を果たしています。
そこで、動脈硬化に対してHDL模倣薬を投与する療法が試みられてきましたが、臨床試験はことごとく失敗に終わっていました。その一因は、投与されるHDLの構成成分のアポリポタンパク質A1(APOA1)の体内半減期が短く酸化されやすいことにありました。
「内在HDLを活性化する」という新たなアプローチの可能性
今回、ルーマニア・アカデミー傘下の細胞生物学・病理学研究所(ICBP)を主とする研究チームは、内在遺伝子の活性化を実現するCRISPRa因子(dCas9-SAM)を介して、内在性HDL構成成分であるアポリポタンパク質A1(APOA1)および抗酸化酵素パラオキソナーゼ1(PON1)の発現を増強することで、善玉コレステロールによる動脈硬化抑制効果を誘導可能なことを、Molecular Biomedicine誌(SpringerのOAジャーナル;IF 10.66)から報告しています。
In vitro実験:ヒト肝細胞(Huh7細胞株)にて
- APOA1/PON1遺伝子の発現増強を確認
- 腫瘍壊死因子α(TNFα)の存在下および非存在下で、それらのタンパク質が培養上清中に分泌されることを確認
- APOA1を豊富に含むHuh7由来の培養上清は、TNFαで刺激されたEA.hy926血管内皮細胞において、抗酸化作用および抗炎症作用を示すことを確認
In vivo実験:apoE欠損マウスにて
- CRISPRaプラスミドの単回静脈内投与により、肝臓におけるApoa1/Pon1の発現および血清中濃度が、投与後最大4週間にわたり上昇。
- FPLC (Fast protein liquid chromatography) 解析にて、増加した血清APOA1は、HDL画分、LDL画分、および脂質非結合型(free form)に分布していることを確認。
- 肝臓、胆嚢、および糞便中のコレステロール濃度が高値を示することを確認。
- これが部分的に、肝臓におけるスカベンジャー受容体クラスB1(SR-B1)、コレステロール7α-水酸化酵素(CYP7A1)、およびATP結合カセットトランスポーターG8(ABCG8)の発現増強に起因することを同定。
- Apoa1/Pon1の発現が増強されたapoE欠損マウスにおいて、炎症ストレスの増大や自然免疫の活性化は認められなかった一方、PON1発現増強マウスでは脂質過酸化物が減少することを確認(いずれの介入も、炎症マーカーおよび大動脈基部の病変におけるマクロファージの蓄積を低減)。
こうして、大動脈における脂質沈着(動脈硬化病変)の減少が確認され、ゲノムを改変することなく治療効果のある内在HDL活性化が可能なことが実証されました。
臨床応用に向けての課題
- 各群のマウスが5匹と極めて少数であるであること
- 実験期間が4週間と短期間であること
- リポタンパク質サンプルをプールして解析していること
- ゲノムワイドなオフターゲット解析が行われていないこと
- 使用されたプラスミド送達システムは臨床応用できないこと。
"CRISPR/dCas9-induced upregulation of endogenous apolipoprotein A1 and paraoxonase 1 genes reduces the aortic lipid deposits in apoE<-/-> mice" Laura Toma(1,5), Teodora Barbălată(1,5) [..] Camelia Sorina Stancu(1,6). Mol Biomed. 2026-09-18. https://doi.org/10.1186/s43556-026-00580-8
- Lipidomics Department, Institute of Cellular Biology and Pathology, Institute of Cellular Biology and Pathology "Nicolae Simionescu" of the Romanian Academy, 8, B.P. Haşdeu Street, Bucharest, 050568, Romania.
- Gene Regulation and Molecular Therapies Laboratory, Institute of Cellular Biology and Pathology "Nicolae Simionescu" of the Romanian Academy, 8, B.P. Haşdeu Street, Bucharest, 050568, Romania.
- BetaUpreg Research Group, Institute of Cellular Biology and Pathology "Nicolae Simionescu" of the Romanian Academy, 8, B.P. Haşdeu Street, Bucharest, 050568, Romania.
- Department of Pharmacology, Institute for Drug Research, Faculty of Medicine, The Hebrew University of Jerusalem, Jerusalem, 9112002, Israel.
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