- 米国と欧州の研究チームがそれぞれ、創薬とドラッグ・リパーパシングに挑戦
Anthropic社バイオ・ラボのClaude-Mythos5と、Arc研究所のMinerva-MLMによる、新たな逆転写酵素システムの発見に先立ち、スタンフォード大学を主とする研究チーム(米国チーム)と、ウプサラ大学とカロリンスカ研究所を主とする研究チーム(ドイツとフィンランドも加わった欧州チーム)が、それぞれ、バイテク企業を模したマルチエージェントAIフレームワークを構築し、一定の成果を上げて、Science誌査読論文 [I] とbioRxivプレプリント [II] から発表していました。その中で、米国チームは「バーチャル・バイオテック(仮想バイテク企業)」という用語を使っています。
I . 米国チーム
目 的
- 創薬・開発には、生物学的スケールやデータの種類(モダリティ)を横断する多様なエビデンスを統合することが求められます。しかし、関連するデータ、ツール、専門知識はチームや組織間で断片化しており、統合が困難な状況にあります。
- 米国チームはこうした課題に対処するため、「バーチャル・バイオテク(Virtual Biotech:以下、VB)」を開発しました。
VBとは
- ヒトによる治療薬研究組織の構造を模倣し、創薬の全工程を計算科学的に支援するAIエージェントの連携チームを意味します。
- VBは、ヒトから科学的な問いを受け取り、専門分野ごとの科学者エージェントにタスクを割り当て、データ駆動型の推論を通じてその出力を統合する「最高科学責任者(CSO)」エージェントによって統括されます。
- 科学者エージェントは、統計遺伝学、機能ゲノミクス、パスウェイおよび相互作用、ケモインフォマティクス、疾患生物学、臨床データなど、多岐にわたる相補的なツールや知識源を活用します。
- 米国チームのVBは、Anthropic社のClaudeをベースにしましたが、他のAIモデルでも成立するとしています。
3つのトランスレーショナル研究での実証実験
1. これまでの臨床試験を成功に導いたゲノムの特徴を抽出
- AIエージェントは55,984件の臨床試験結果を自律的にアノテーションおよび解析し、試験の成功に関連する創薬標的のゲノム的特徴を特定。
- 37,000以上の臨床試験担当エージェントが試験結果を構造化データとして整備し、標的とマルチオミクス・アノテーション(単一細胞RNAシーケンシング・アトラスからエージェント自身が導き出した細胞型特異的特徴を含む)とを紐付け。
- 細胞型特異的遺伝子を標的とする薬剤は、そうでない薬剤に比べて、第I相から第II相へ移行する確率が40%高く、市場投入(第IV相)に至る確率が48%高い一方で、有害事象の発生率は32%低いことが明らかに。
2. 肺がんの標的としてCD276(B7-H3)を評価
- 過去に収集された統計遺伝学、単一細胞解析、空間解析、および臨床ゲノムの情報を統合してCD276を標的候補として特定
- その上で、CD276を認識する抗体に抗がん剤を結合させる抗体薬物複合体(ADC)による治療戦略を提案
- さらに、主要な課題(リスク要因)や差別化の機会も特定
- Nature誌のニュース記事 [III] によれば、VBがこの戦略を提案してから数カ月後の2025年8月、製薬大手メルク社は、パートナー企業と独自に開発していた同様のメカニズムを持つ薬剤について、米国食品医薬品局(FDA)による審査の迅速化(ファストトラック)の対象となったことを発表しました。
3. 臨床試験の失敗例を解析し、潜在的原因を推定し、改善策を提案
- OSMRβを標的として中止された潰瘍性大腸炎の臨床試験を解析し、失敗の潜在的なメカニズムを推定。
- さらに、精密医療(プレシジョン・メディシン)における課題に対処するための、バイオマーカーに基づいた患者登録戦略を提案
結 論
- 1〜3の結果はVBがいかにして、より透明性が高く、効率的かつ包括的なマルチスケールでの治療薬解析を可能にするかを示しています。
- Nature誌のニュース記事 [III] によれば、論文責任著者のJames Zou准教授は、このシステムを自動運転型の実験施設と組み合わせることを検討しています。
参 考: AIエージェント群の構成
II. 欧州チーム
背 景
- 創薬のアプローチとして近年、承認薬や(開発が中止された治験薬)を、当初の標的とは異なる疾患の治療薬として転用を試みるドラッグリパーパシング(Drug Repurposing: 以下、DR)が、注目を集めています。なおDRの概念はdrug repositioning やdrug reprofilingと共通です。
目 的
- In silicoでの(計算による/computational)DRは、これまで主に迅速な仮説生成に重点が置かれてきましたが、実際の応用範囲は、候補薬の提案から実験の設計、アッセイデータの解析、そして候補薬の反復的な絞り込みに至るまで、はるかに広範なライフサイクルに及びます。
- このDRにおける仮説生成および実験支援のための、ヒトが監督するエージェント型AIの開発を目指して、エージェント型AI「RepurAgent」を開発しました。
成 果
RepurAgentは、4つの専門サブエージェント(リサーチ、予測、データ、レポート)を調整する「スーパーバイザー・エージェント」と「プランニング・エージェント」で構成される階層型マルチエージェントAIシステムです [Fig. 1の一部を下図に引用(クリックすると拡大表示されます)]

- RepurAgentは、ヒトがプロセスに関与する設計(human-in-the-loop)に加え、エピソード記憶やRAG(Retrieval-Augmented Generation:大規模言語モデル(LLM)が外部のデータソースから新しい情報を検索し、組み込むことを可能にする技術)の機能を備えています。
- RepurAgentは、欧州におけるDR促進を目指すREMEDi4ALLコンソーシアム内で開発された、DR特有のデータ、ツール、および標準作業手順(SOP)に基づいています [REMEdiはREpurposing of MEDicinesに由来します]。
DRのライフサイクルを網羅する3つのシナリオで実証実験
1. 急性骨髄性白血病の事例
- 専門家による盲検評価の結果、RepurAgentは標準的なLLM(大規模言語モデル)と比較して、より新規性が高く、作用機序の観点から妥当な候補薬を提示
2. COVID-19抗ウイルス薬のレトロスペクティブ(遡及的)スクリーニング
- RepurAgentは適応的な実験パートナーとして機能し、事前に定義された閾値を用いることなくAUC-ROCが最大0.99に達する化合物を優先順位付けするとともに、手動のレビューでは見落とされていた交絡因子を指摘
3. 多重スルファターゼ欠損症の事例
- 5,000種類の化合物から確度の高い81種類の候補を優先順位付、それらは専門家が妥当性と判定
結 論
これらの結果は、エージェント型AIが仮説生成から実験解析に至るまで、DRのライフサイクル全体を支援できることを示しています。RepurAgentはオープンソースとして公開されており、https://repuragent.serve.scilifelab.se/ で利用可能です [右図はそのトップページの一部をキャプチャした画像(クリックすると拡大表示されます)]。
III. Nature誌ニュース記事にみられる識者の見解
- 米国チームのVBに対して、欧州チームからの論文の共同責任著者の一人であるウプサラ大学のOla Spjuth教授や、生物医学分野のAIエージェントを開発するPhylo社の共同創業者兼CEOであるKexin Huang博士は、VBの機能や、構成と規模に対して、それぞれ、印象的、感銘する、としています。
- 一方で、アブダビにあるKhalifa大学のAndreas Bender教授は、VBのような自律的に行動するエージェント型AIシステムについて、「臨床試験を1回実施するだけの資金(200万ドル)しかなく、それが失敗すれば会社が倒産してしまうという状況は、過去のデータを事後的に分析するのとは全く異なるものなのです。」とコメントしています。
crisp_bioメモ:
AIの自律性と「Human-in-the-Loop(HITL)」のバランス
今回の2つの報告は、創薬AIが単なる解析ツールから「自律的な研究パートナー」へと進化していることを象徴しています。一方で、最高科学責任者(CSO)エージェントを中心に高度な自律性を追求した米国チーム(Virtual Biotech)と、ヒトの監督やコンソーシアムの標準手順(SOP)に基づくHITLを明示的に組み込んだ欧州チーム(RepurAgent)という設計思想の違いは興味深い対比です。
Bender教授が指摘するように、膨大な資金リスクを伴う実際の治験や意思決定においては、過去データの事後解析とは異なる厳格さが求められるのでしょう。
今後、創薬AIエージェントの実装や規制・責任の議論が進む中で、「AIへの自律性の付与」と「ヒトによる監督(HITL)」のバランスをいかに設計していくかが重要なテーマになりそうですし、この観点は創薬分野に限らず、今まさに、AI全般に求められているように思います。
出 典
AIの自律性と「Human-in-the-Loop(HITL)」のバランス
今回の2つの報告は、創薬AIが単なる解析ツールから「自律的な研究パートナー」へと進化していることを象徴しています。一方で、最高科学責任者(CSO)エージェントを中心に高度な自律性を追求した米国チーム(Virtual Biotech)と、ヒトの監督やコンソーシアムの標準手順(SOP)に基づくHITLを明示的に組み込んだ欧州チーム(RepurAgent)という設計思想の違いは興味深い対比です。
Bender教授が指摘するように、膨大な資金リスクを伴う実際の治験や意思決定においては、過去データの事後解析とは異なる厳格さが求められるのでしょう。
今後、創薬AIエージェントの実装や規制・責任の議論が進む中で、「AIへの自律性の付与」と「ヒトによる監督(HITL)」のバランスをいかに設計していくかが重要なテーマになりそうですし、この観点は創薬分野に限らず、今まさに、AI全般に求められているように思います。
出 典
I. 米国チーム
"The Virtual Biotech: A multi-agent AI framework for therapeutic discovery and development" Harrison G. Zhang(1,5), Peter Eckmann(2), Jiacheng Miao(1,3), Andrew B. Mahon(4), James Zou(1,2,6). Science 2026-09-17. https://doi.org/10.1126/science.aeg6779; bioRxivプレプリント. 2026-02-23. https://doi.org/10.64898/2026.02.23.707551
1 Department of Biomedical Data Science, Stanford University, Stanford, CA, USA.
2 Department of Computer Science, Stanford University, Stanford, CA, USA.
3 Departmentof Genetics, Stanford University, Stanford, CA, USA.
4 PHD Biosciences, La Jolla, CA, USA
5 Corresponding authors
II. 欧州チーム
"Human-supervised Agentic AI for Hypothesis Generation and Experimental Assistance in Drug Repurposing" Dinh Long Huynh(1) [..] Ola Spjuth(1,4,9) [+14]. bioRxiv. 2026-09-13. https://doi.org/10.64898/2026.04.20.719538
- Department of Pharmaceutical Biosciences and Science for Life Laboratory, Uppsala University, Uppsala, Sweden
- Department of Oncology and Pathology and Science for Life Laboratory, Karolinska Institutet, S-171 76 Stockholm, Sweden
- Chemical Biology Consortium Sweden (CBCS), Science for Life Laboratory, Department of Medical Biochemistry and Biophysics, Karolinska Institutet, Tomtebodavägen 23A, 17165 Solna, Sweden
- Pixl Bio AB, Uppsala, Sweden
- Fraunhofer Institute for Translational Medicine and Pharmacology ITMP, Translational Neuroinflammation and Automated Microscopy TNM, 37083 Göttingen, Germany
- Fraunhofer Institute for Translational Medicine and Pharmacology ITMP, Discovery Research Screening Port, Schnackenburgallee 114, 22525 Hamburg, Germany
- Institute for Molecular Medicine Finland (FIMM), HiLIFE, University of Helsinki, Helsinki, Finland
- Department of Paediatrics and Adolescent Medicine, University Medical Centre Göttingen (Universitätsmedizin 20 Göttingen), Göttingen, Germany
- Corresponding author
III. Nature News
"How a team of AIs discovered a promising lung-cancer drug" Ewen Callaway. Nature 2026-09-17. https://doi.org/10.1038/d41586-026-02954-y

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