CRISPR-Cas9遺伝子編集実験の大規模化の必要性

  • CRISPR-Cas9遺伝子編集技術とヒト多能性幹細胞(hPSCs)の体細胞への分化誘導技術が広範なヒト疾患の機構解明に有用なツールであることは論を待たないが、今や、関連研究基盤の大規模化に応じて、大規模化(scale)を推し進める時が来ている。ヒト遺伝子データの大規模化を始めとして、hPSCs(胚幹細胞とiPSCs)バイオバンキングの大規模化、さらに、hPSCs及び由来細胞の表現型のハイスループット解析プラットフォームの開発が、進んでいるからである。
  • 大規模化(scaled initiatives)は、多遺伝子性疾患(糖尿病、心疾患、精神疾患など)の研究を促進する。精神疾患の場合は、GWASなどから統合失調症(SCZ)、自閉症(ASD)、および知的障害(ID)に相関する数百の遺伝子座または遺伝子が同定されてきたが、神経生物学的機能が明らかにされたのはそのごく一部にとどまっている。ヒトの脳組織の殆どはin vivo研究が困難であり、また、通常のモデル動物ではヒトの脳構造を十分には再現できなかったところ、近年、hPSCsから多様な脳細胞を作出することで、遺伝的背景が明確なhPSC細胞株にに基づく特定の神経細胞集団における疾患機構の研究が可能になってきた。
  • これまでに、CRISPR-Cas9技術によって、ASD関連遺伝子のSHANK3CHDSCZ関連遺伝子のDISC1など、hPSCs由来の細胞モデルにおいて一遺伝子の機能喪失(LoF)変異による疾患表現型が同定されてきたが、hPSCsにおけるCas9遺伝子編集のベストプラクティスの経験的知見は蓄積されてこなかった。遺伝子編集実験が盛んに行われているHEK293T細胞や癌細胞株と比較すると、hPSCsは1細胞状態での生存率が低く、遺伝子修復の効率が低い。多能性細胞は、二本鎖DNA切断(DSBs)に対して脆弱であり、継代や細胞ストレスにより染色体異常を生じる。
  • また、クロマチン・アクセサビリティーとCas9複合体のDNAヘの結合に影響するとする報告と、影響がないとする報告がもたらされており、1細胞実験では、大規模実験における標的遺伝子編集の結果を予測することが難しい状況にある。今回、Broad研究所のKevin EgganLindy E. Barrettらの研究チームは、精神疾患との相関が想定されている58種類の遺伝子のターゲッティングとジェノタイピングを実現するCas9による遺伝子編集戦略を確立した。

遺伝子編集ワークフロー

  • LoF変異細胞によって、遺伝子機能への理解を深め、また、LoF変異細胞と患者由来のiPSCsと表現型を比較することが可能になる。今回、同質遺伝子背景のもとでLoF変異を生成することを目的として、特性が明確にされている2種類のhESC株、HUES63 (XY) WA01 (XY)、において、16種類の染色体に分散しているSCZASDそしてまたはIDに相関する遺伝子58種類それぞれを標的とするsgRNAsペアとCas9(D10A)ニッカーゼ(FACSスクリーン用GFP融合)をhESCに導入し、クローン選択からアプリコン生成・シーケンシングを経て、OutKnockerGenome Res., 2014)によるジェノタイピング(indels判定)を行った。

hPSCsにおけるindels生成の評価

  • Cas9(D10A)ニッカーゼ-GFPのhPSCsへの導入効率は平均 24.8%(6.43% - 45.1%);獲得したクローンは1遺伝子あたり平均87.3個(4,976クローン/57遺伝子);OutKnockerでindels判定したクローンは遺伝子編集実験あたり平均74.8個(4,333クローン/58遺伝子);indels判定を含むクローンの配列解析から、哺乳類細胞分裂に深く関与するCUL3遺伝子以外の全ての遺伝子に対するCas9D10Aニッカーゼによる効果的編集を確認

Indels生成効率の遺伝子依存性

  • HUES63において、53種類の遺伝子の編集効率と転写物の正規化発現指標の一種であるFPKMfragments per kilobase of transcript per million mapped reads)との間には相関が見られなかった。
  • MNase-seqデータセット(PloS One, 2015)に基づく解析では、編集効率とヌクレオソームとの位置関係(ヌクレオソームのダイアドとPAMの間の距離)の間にも相関は見られなかった。

Cas9(D10A)ニッカーゼによるindelsの特徴

  • HUES63で生成されたindelsの平均84.72%が欠損、15.28%が挿入であり、33.65%がインフレーム、66.35%がフレームシフトであった。欠損と挿入のサイズはそれぞれ平均25.7 bp1-90 bp)と平均5.4 bp1-10 bp)であったが、OutKnocker 1.010 bp以上の挿入を検出しないことおよびPCRアンプリコン生成時の問題から、より短い挿入に偏った結果になっている可能性がある。
  • また、3 bp以上の挿入配列には、sgRNAそしてまたはDNA標的サイト由来の配列に対するマイクロホモロジー配列が見出され、RNPなどプラスミドによらない送達法を検討する必要がある。
Indels評価のための新たなデータ解析ツール
  • OutKnockerとは独立な配列解析ツールBaySnpperを新たに開発し、OutKnockerと比較し、解析結果に一部不整合が見られたことから、2種類のツールを併用し、ジェノタイピングの信頼性向上を図った。

HUE63で得られた結果をWA01で検証

  • HUE63で使用した同一のsgRNAsCas9(D10A)ニッカーゼ-puroまたはCas9ヌクレアーゼを使用してWA01遺伝子編集実験を行い、WA01でも7遺伝子全てにインフレームindelsが発生するが、生成率はHUE63から大きく低下した。一方で、WA01ゲノムはHUE63ゲノムより安定であった。染色体異常が、HUE63では83クローン中78クローンにみられたのに対して、WA01では83クローン中6クローンに止まった。

遺伝子編集hPSC株からの神経細胞分化誘導

  • WA01遺伝子編集クローン(フレームシフトindelsを帯びたCSMD1CYFIP1FXR1SYNGAP1TLE1およびTLE3の各遺伝子)の多能性マーカの発現と、胚葉体形成からの胚葉分化能を確認し、Ngn2の異所発現を介して、神経細胞へと誘導した。

研究資源とデータ解析パイプラインの提供

  • WA01由来の染色体異常が検出されない遺伝子編集クローン、著者らから;プラスミド、Addgene91573-91788)から;BaySnppe、https://github.com/ dat4git/BaySnpperから。