(創薬等PF・構造生命科学ニュースウオッチ 2016/03/10)
- 近年、がん細胞の成長過程でがん細胞に生じるDNA変異に由来するネオ抗原に関心が集まっている.Sergio A. Quezada (UCL Cancer Inst.)とCharles Swanton (The Francis Crick Inst.)ら英・米・ドイツ・デンマークの研究チームは今回、ネオ抗原の量と腫瘍内多様性(intra-tumor heterogeneity:ITH)の双方が、腫瘍免疫応答を左右する事を見出した.
- 7例の原発非小細胞肺がん(NSCLC)の複数部位由来のDNA配列データ解析から、ネオ抗原のべ2,860種を推定した(平均326種;値域 80-741種):7例全てに共通するネオ抗原(clonal neoantigen、以下CL-NA)と、一例を含む一部だけに見られるネオ抗原(subclonal neoantigen、以下SUB-NA)が存在したが、7例内でその分布が大きく変動していた(CL-NAが占める比率であるITHの値域でいうと8%〜78%).
- ネオ抗原の多様性の意味を理解するために、TCGAデータベース中の早期の肺腺がん(lung adenocarcinoma: LUAD)149例と肺扁平上皮がん(lung squamous cell carcinoma: LUSC)124例について、解析を進めた.
- LUADにおいて、CL-NAが多い集団の全生存期間が有意に長かったが、その中でも、ITHが低い集団の方がITHが高い集団よりも全生存期間が長かった.LUSCにおいては、ネオ抗原の量ならびにITHと、全生存期間の間に相関は見られなかった.この違いは、LUADに対比して、LUSCにおいてMHCクラスI遺伝子の発現が低下していことに起因する事が示唆された.
- LUADにおいて、CL−NA量が多くかつITHが低いがんと、CL-NA量が少ないまたはITHが高いがんとについて、遺伝子発現を比較したところ、8種類の遺伝子に差異がみられたが、特に、PD-L1と炎症性サイトカインIL-6の発現が前者で顕著に亢進していた.さらに、ITHの如何にかかわらずCL-NA量の多少に発現が左右される遺伝子25種類を同定したところ、CL-NA量が多いがん細胞の腫瘍微小環境には、潜在的に免疫チェックポイント分子とそのリガンドの制御を受ける活性なエフェクターT細胞が集中していることが示唆された.
- 早期NSCLCにおいても、CL-NAに応答するCD8陽性の腫瘍浸潤リンパ球が存在し、PD-1を高発現していた.進行性NSCLCとメラノーマの患者において、CL-NA量が多い方が、PD-1およびCTLA-4の阻害剤に対する感受性が高く、処方から6ヶ月以上生存した(durable clinical benefit)患者において、CL-NAを認識するT細胞の検出が可能であった.一方で、細胞毒性化学療法によるDNA変異の亢進を経てITHが上昇した患者の免疫チェックポイント阻害剤に対する感受性は低く、予後も芳しくなかった.
- CL-NAを指標とする腫瘍免疫療法の精密化が可能である.
[関連レビュー]
- Lélia Delamarre, Ira Mellman & Mahesh Yadav "CANCER IMMUNOTHERAPY: Neo approaches to cancer vaccines." Science. 2015 May 15;348(6236):760–761.
- Genentech社のIra Mellman等による癌免疫療法に関するScience 誌5月15日号展望 [癌免疫療法が、免疫抑制反応の阻害と免疫反応の亢進を両輪として大きく前進しようとしている]
- CTLA-4やPD-1を標的とする免疫チェックポイント阻害剤が抗癌剤として認可され始めている。
- また、腫瘍細胞に特異的な変異をネオ抗原として、T細胞の抗腫瘍活性を亢進する癌ワクチンへのネオ・アプローチが提示されている(Carreno等、2015)。
- 両者を組み合わせることで、例えば、抗腫瘍T細胞応答を失っている患者に対しても、免疫チェックポイント阻害剤が著効を示すことを期待できる。
- [ネオ抗原を標的とする療法確立には、以下の課題を解決していく必要がある]
- 癌患者ごとに多種多様な変異が起こっていることから、癌ワクチンは必然的に個別化する必要がある。
- 膨大な腫瘍変異の中から免疫原生を有しMHCクラスI分子表面に提示されるネオ抗原を同定する手法を確立する必要がある:Carreno等は、メラノーマ患者において見出した数百の変異からバイオインフォマティクスと生化学実験や遺伝子発現測定などを経て患者ごとに7個のネオ抗原候補まで絞り込んだが、実際にネオ抗原として有効であったのはその3分の1であった 。
- 免疫を付与するワクチンのプラットフォームを選別する必要がある:Carreno等は、in vitroで作出した樹状細胞の効用を示したが、細胞ベースのワクチンよりも、腫瘍モデルマウスでは効果が報告されている合成ペプチドをベースにしたワクチンの方が、適用範囲が広く臨床応用も容易と考えられる。
- ネオ抗原を標的とする癌ワクチンの効果を追跡する必要がある:腫瘍縮退の確認(Carreno等は、外科手術後に治験を行ったため、腫瘍縮退を観察していない)と、免疫アジュバント/T細胞共刺激アゴニスト/免疫チェックポイントを含む腫瘍の免疫抑制機能阻害の必要性を評価する必要がある; 追跡するにあたって、腫瘍からのT細胞の排除、標的とした変異の腫瘍細胞からの消失、免疫抑制といった要因を切り分けていく必要がある; CD8陽性T細胞によるMHCクラスI分子表面のネオ抗原の認識機構に加えて、CD4陽性T細胞によるMHCクラスⅡ分子表面のネオ抗原の認識機構も考慮する必要があり、また、それが個別化癌ワクチンの最適化をもたらす。
[注]展望はレビューと論文のべ12報を引用している:
- [REVIEW] “The future of immune checkpoint therapy.” Science. (2015)
- [REVIEW] “Neoantigens in cancer immunotherapy.” Science. (2015)
- [REPORT] “A dendritic cell vaccine increases the breadth and diversity of melanoma neoantigen-specific T cells.” Science. (2015)
- [REPORT] “Mutational landscape determines sensitivity to PD-1 blockade in non–small cell lung cancer.” Science. (2015)
- [ARTICLE] “Molecular and genetic properties of tumors associated with local immune cytolytic activity.” Cell. (2015)
- [ARTICLE] “Genetic basis for clinical response to CTLA-4 blockade in melanoma.” N. Engl. J. Med. (2014)
- [LETTER] “Checkpoint blockade cancer immunotherapy targets tumour-specific mutant antigens.” Nature. (2014)
- [LETTER] “Predicting immunogenic tumour mutations by combining mass spectrometry and exome sequencing.” Nature. (2014)
- [REVIEW] “Dendritic-cell-based therapeutic cancer vaccines.” Immunity. (2013)
- [LETTER] “Mutant MHC class II epitopes drive therapeutic immune responses to cancer.” Nature. (2015)
- [LETTER] “High-throughput epitope discovery reveals frequent recognition of neo-antigens by CD4+ T cells in human melanoma.” Nat. Med. (2015, 2014(online))
- [REPORT] “Cancer Immunotherapy Based on Mutation-Specific CD4+ T Cells in a Patient with Epithelial Cancer.” Science. (2014)
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