(創薬等PF・構造生命科学ニュースウオッチ 2016/03/11

  1. [NEWS AND VIEWS] Cas9はオフターゲットサイトでグリップを失う:Charles A. Gersbach (Duke U.)
    • オフターゲットを検出限界以下へと抑制することに成功したSlaymakerとZhangらのeSpCas9と、KleinstiverとJoungらのSpCas9-HF1は、Nature 誌のNEWS & VIEWS「野生のCas9を飼い馴らす」で取り上げられたが、再びNature Biotechnology 誌のNEWS & VIEWSで取り上げられた.
    • Cas9とPAMおよびsgRNAと標的配列との間で特異的相互作用に加えて、Cas9とDNA骨格の間の非特異的相互作用によって、Cas9-sgRNAと標的との結合が安定になる.eSpCas9とSpCas9-HF1のいずれも、Cas9に変異を導入して非特異的相互作用を弱めて、オンターゲットサイトへの結合の強さは維持したまま、オスサイトへの結合を弱めようとする戦略であるが、変異導入の対象が異なったところが興味深い.
    • 2手法は、CRISPRによるゲノム編集においてもっとも普及しているCas9と同様な送達方法とsgRNAを利用できるため、これまでのオフターゲット抑制法が実用上は種々制約があったために普及しなかったのに対して、普及して行く事であろう.また、この手法をさらに他のCas9より小型のCasへと展開する事も考えられる.
    • 2手法のオフターゲット作用は検出限界を下回ったが、膨大な数の細胞が編集対象になる臨床応用の観点からは、今回オフターゲット作用の判定に用いられた次世代シーケンシングの精度を上回る高感度で高精度なオフターゲット作用判定技術の開発が待たれる.
  2. [論文] Cas9 mRNAを脂質ナノ粒子で送達し、チロシン血症モデルマウスの治療を実現 :Wen Xue (RNA Therapeutics Inst./UMASS);Daniel G. Anderson (David H. Koch Inst. for Integrative Cancer Research/MIT)
    • CRISPR/Cas9による遺伝子ノックアウトによる遺伝子治療はモデル動物で成功例が蓄積されてきているが、相同組換え修復機構による臨床応用の可能性を示すような遺伝子修復の成功例は未だない.研究チームは、フマリルアセト酢酸ヒドラーゼ(FAH)の変異が病因と成る遺伝性チロシン血症のマウスモデル肝細胞を標的として、ハイドロダイナミック遺伝子導入法を利用したCRISPR/Cas9によるFAH修復を試みたが、修復率が肝細胞の0.4%にとどまっていた.
    • 今回、siRNAの送達で実績があった脂質ナノ粒子C12-200を利用してCas9 mRNAを、sgRNAと修復用テンプレートをアデノ随伴ウイルスを使って、Fahmut/mut の遺伝性チロシン血症マウスモデルに送達し、Fahのスプライシング変異を修正することを試みた.
    • 1回の処置で、Fah陽性の肝細胞が出現し、体重減少や肝臓障害といった症状も緩和された.肝臓における代謝異常症や血友病の治療には、正常なタンパク質が3〜7%回復すると効果があるとされているが、Fah陽性肝細胞は肝細胞の6%以上に達していた.また、Cas9 mRNAを送達する事でCas9を一時的に発現させることになり、オフターゲット作用も低減された.
  3. [論文] Cas9-sgRNA複合体またはCreリコンビナーゼを脂質ナノ粒子で送達し、効率的ゲノム編集を実現:David R. Liu (Harvard U.);Qiaobing Xua (Tufts U.)
    • 生物還元性の脂質ナノ粒子(bioreducibe lipid nanoparticle、以下BLN)をコンビナトリアル合成し、タンパク質の送達担体として評価した.この陽イオン性のBLNは、混合するだけで、負に帯電したGFPを結合させたCre、ならびに、陰イオン性のCas9-sgRNA複合体(以下、RNP)を、内包する.
    • タンパク質を内包したBLNを細胞と混合すると、エンドサイトーシス過程を経て細胞内に取り込まれるが、エンドソームを回避し、細胞質内でタンパク質を放出する.
    • HeLa-DsRed細胞にGFPを結合したCreの送達と、GFPを発現しているHEK細胞のEGFPレポーター遺伝子を標的するRNPの送達実験で、BLNの送達性能を実証;合成した12種類のBLNの中で3種類を利用したRNP実験で、70%以上の遺伝子編集効率を達成;さらに、BLNを利用したGFP-Creをマウス脳にマイクロインジェクションし、注入個所に局在したGFP蛍光を確認し、BLNを利用して脳へ機能するタンパク質(例えばCas9-sgRNA)を直接導入可能なことを示した.
    • コンビナトリアル合成するBLNは、Thermo Fisher社の脂質をベースとしたLipofectamine®に比較して、免疫原性と毒性をより低減することが可能である.