出典
- [展望] Whitehead TA. “A peptide mimic of an antibody” Science. 2017 Oct 27;358(6362):450-451.
- [論文] Kadam RU, ~ van Dongen MJP, Wilson IA. “Potent peptidic fusion inhibitors of influenza virus” Science. 2017 Oct 27;358(6362):496-502. Published online 2017 Sep 28.
- [CRISPR_BIO 注]本稿は、[展望]に準じています。
[研究の背景と経緯]
- インフルエンザウイルスは公衆衛生上の最大の懸念事項の一つである。万能ワクチンが存在せず、インフルエンザ(以下、Flu)ウイルスの感染の予防と治療に使われる低分子も僅かである。
- Fluウイルスの表面上には、抗ウイルス療法の標的となり得るノイラミニダーゼ(NA)とヘマグルチニン(HA)の2種類のタンパク質が存在する。NAに対しては、オセルタミビル(商品名タミフル)のように、結合・阻害する低分子が存在するが、HAに結合阻害する低分子薬は未だ存在しない。表面が極めて変異しやすいHAは創薬の「動く標的」である。
- 万能ワクチンと広汎なFluウイルス治療薬への手がかりは、10年ほど前に得られた。多様なFluウイルスのサブタイプに結合し中和するヒト由来の広域中和抗体の解析から、HAの弱点が明らかにされたからである(下図参照;PLoS One 2008)。

- 今回、 van Dongen MJPとWilson IAらスクリプス研究所やヤンセンの研究センターなどの研究チームは、この弱点を標的とする抗体に代わり得る環状ペプチドを設計し反復最適化を経て実現した。抗体による抗ウイルス療法では、100 mgのオーダーの抗体を静注する必要があり、また、入院加療が推奨されている。抗体よりも小型のペプチドは、作出が簡単で、経口バイオアベイラビリティが高い可能性がある。
- Flu A型とFlu B型はヒトに季節性流行をもたらし、Flu A型の中にはパンデミックを引き起こすサブタイプも知られている。HAを構成する球状の頭部領域(head region)と茎部領域(stem region、以下SR)のうち、SRは、Flu A型のサブタイプとB型にわたり保存されており、SRに結合するモノクローナル抗体がin vitroおよびin vivoで標的ウイルスを中和した(PLoS One 2008)。
- 2011年にはD. Bakerらが、HA SRの構造情報を基にしたコンピュータモデリングにより多様なHAのSRに高親和性で結合するタンパク質(Science, 2011; PDB 3R2X)をde novo設計・作出し、HAのSRを低分子で標的可能なことを示した。しかし一連のタンパク質は血液中で不安定であり、臨床展開が進まなかった。
[研究の成果]
- R. U. Kadamらは今回、Flu A型を阻害するヒト広域中和抗体(Broadly Neutralizing Antibodies: FI6v3とCR9114)の相補性決定領域(CDR)のペプチド配列から出発し、HA SRの構造と結合構造の情報を活用しつつ、水溶解度を上げ、安定性を高め、非天然アミノ酸を組み込むことでHAへの親和性と広域中和性を高め、抗ウイルス性で血液中でも安定な11残基で構成される抗ウイルス性環状ペプチドP7を作出した(設計概要:原論文Fig.1参照 )。P7では、11残基のうち5残基が非天然アミノ酸に置換されている。中でも注目すべきは、広域中和抗体のCDRループにおいてHA表面の負電荷パッチとの間に弱い静電相互作用をもたらすアルギニンを、P7ではメチル基が加わったXA(hydrophobic 5-phenyl-norvaline)に置換して、パッチに隣接する脂肪性ポケットとの間のファンデルワールス相互作用を高め、ひいては結合親和性を高めた置換である。
- P7は、A型Fluウイルスの2009 H1N1パンデミック株とH5N1鳥Fluウイルスをin vitro ナノモーラー濃度で中和し、中和抗体と同等の阻害能を示した。P7は、HA SRにおける保存性が高いエピトープに結合し、Fluウイルスが細胞膜に融合する鍵となっている低pHで誘導されるHAのコンフォメーション変化を阻害することで、Fluウイルスのヒト細胞への侵入を防止する。
- P7は、ヒト血漿中で4時間以上安定であり、ヒト肺細胞株に対してin vitro毒性を示さず、マウスin vivo半減期が2.5時間を超えた。
[臨床への展開と他のウイルスへの展開における課題]
- 動物モデルにおけるFluウイルスの感染予防および感染後の効用の実証
- 疎水性結合表面を帯びたP7の経口バイオアベイラビリティー向上
- 抗ウイルス性が実証されたHAサブタイプ4種類の他の16種類のHAサブタイプに対する抗ウイルス性の付与(ヘテロサブタイプ抗体交差反応性の向上)
- 他のウイルスの阻害剤開発に構造情報が極めて有用であることが示されたが、標的ウイルスについて、FluウイルスのHAの構造、広域中和抗体の結合機構およびHA SRの浅い脂肪性グループの特徴に匹敵する情報が必要
- また、複数のループを介して標的ウイルスに結合する抗体をミミックするペプチドの作出も課題
- 創薬等PF・構造生命科学ニュースウオッチ 2016/02/17:広範なインフルエンザウイルスの感染予防と感染後の治療に有効なタンパク質をデザインする(D. Bakerら; PLoS Pathog, 2016)
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