出典
背景
  • 老化は、2型糖尿病、メタボリック・シンドロームおよび循環器疾患を含むほとんどの慢性疾患の主要な危険因子であり、老化に関連する疾患が長寿化社会において広がっている。老化をドライブする事象として、テロメア短縮、ゲノム不安定化、エピジェネティックな変化、タンパク質分解能の低下、栄養センシング不全、ミトコンドリア機能不全、細胞老化、幹細胞の枯渇、および細胞間シグナル伝達の変化が挙げられてきているが、老化を遅らせまた健やかな老年をもたらす手法は見出されていない。
  • 米国では、死や機能不全の主因が循環器疾患であるが、循環器疾患はより短い白血球テロメア長(Leukocyte Telomere Length, LTL)と相関し、体細胞分裂時に引き起こされるテロメア短縮は複製老化をもたらすと考えられる。また、老化した細胞は、特有のタンパク質発現パターンを示す。
プラスミノーゲン活性化抑制因子(Plasminogen activator inhibitor–1, PAI-1)の意味
  • この老化に関連した分泌表現型(senescence-associated secretory phenotype, SASP)の一種として、PAI-1の発現上昇が知られている。
  • PAI-1は、SERPINE1遺伝子にコードされ、肝臓と脂肪組織で生合成され、プラスミノーゲン活性化内在因子を阻害する。加えて、PAI-1は線維素溶解を調節し、in vitroで細胞老化を直接誘導する。早老モデルマウスでは、PAI-1遺伝子の欠損とPAI-1阻害が、老化のような病理を防止し、テロメア短縮を抑止し、寿命を延ばすことが報告されている。ヒトでは、PAI-1の血漿レベルがインスリン抵抗性と相関することが報告されている。また、大規模ゲノムワイド相関解析研究(GWAS)のメンデル無作為化解析からも、PAI-1がインスリン抵抗性と冠動脈心疾患を誘導することが示唆された。
  • しかし、SASP、中でもPAI-1、がヒトの長寿に与える作用機構は不明であった。研究チームは先行研究で、インディアナ州ベルン近郊に居住し地理的にも遺伝的にも他の集団から比較的隔離されているOld Order Amishの集団において、SERPINE1遺伝子における稀なフレームシフト変異(c.699_700dupTA)を同定していた。この変異は、一生にわたりPAI-1を低レベルに維持する。
研究成果
  • 研究チームは今回、43人のSERPINE1ヌル変異を帯びた43人を含む177人のアーミッシュ集団のコホートにおいて、SERPINE1遺伝子変異と老化現象や寿命との相関を分析した。その結果、ヘテロ接合性SERPINE1ヌル変異により、LTLが〜10%長くなり、空腹時インスリンレベルが低く、糖尿病の頻度が低いことを見出した。
  • また、コホートと血縁関係にある221人についてもSERPINE1変異の有無と寿命の関係を分析したところ、SERPINE1ヌル変異の寿命は73〜88歳(平均85歳)であり、SERPINE1+/+の寿命は70〜83歳(平均 75歳)であった(下図 Fig. 2参照)。SERPINE1
  • 今回の研究はPAI-1が代謝を介してヒトの長寿に影響することを示唆している。また、地理的および遺伝的に独立なヒト集団における機能喪失変異の研究が遺伝子機能解析に有用であり、また、老化を標的とする療法研究にも有用であることも示唆された。
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