出典
背景
  • ヒトのヘモグロビンは、胎児からの成長とともに遺伝子発現がγ-グロビンからβ-グロビンへとシフトし、6ヶ月までに胎児型 (α2γ2; HbF)から成人型 (α2β2; HbA)へとスイッチする。γ-グロビンからβ-グロビンへのシフトが進まないと、成人しても高レベルのHbF発現が続く遺伝性高胎児ヘモグロビン症(hereditary persistence of fetal hemoglobin, HPFH)が発症するが、健常人と同様な日常生活を送ることができる。一方で、β-グロビン遺伝子変異は、鎌状赤血球症やβサラセミアといった重篤なβグロビン異常症を発症する。このため、γ-グロビン/胎児型ヘモグロビンの発現を亢進することで、鎌状赤血球症やβサラセミアといったβグロビン異常症の症状を緩和する遺伝子治療が試行されている(注*: crip_bio関連ブログ記事参照)。
  • HPFHはγ-グロビンの転写開始点から~115-bpと~200-bpの領域に位置する点変異のクラスターと相関しており、また、Znフィンガー (ZF)型転写因子BCL11AとZBTB7A (別名: LRF; FBI-1)がγ-グロビン遺伝子のサイレンシングをもたらすことが報告されてきた(crisp_bio注:ライフサイエンス新着論文レビュー, 2016参照)。
成果
  • オーストラリアと日本の共同研究チームは今回、HPFHに相関する変異が、BCL11AとZBTB7Aによるγ-グロビン遺伝子サイレンシングを解除する機序を明らかにした。
  • はじめに、γ-グロビン遺伝子を抑制する転写因子をスクリーンし、ゲルシフトアッセイ (EMSA)によって、BCL11AとZBTB7AのC末端ZF領域が、γ-グロビン遺伝子の~115-bpと~200-bpの領域にそれぞれ強く結合し、また、HPFH変異が結合を阻害することを見出した。
  • つづいて、胎児型ヘモグロビンをほぼ発現していないヒト赤芽球細胞株HUDEP-2細胞にCRISPR-Cas9によりホモ型HPFH変異を導入し、γ-グロビン mRNAとHbFレベルが上昇することを見出した。
  • これまでBCL11Aの胎児型グロビン・プロモーターへの結合がChIP解析では同定されていなかったが、CRISPR-Cas9でタモキシフェンで誘導可能なエピトープ・タグ (エストロゲン受容体とV5タグ)をCRISPR-Cas9によってBCL11AのC末端に導入することで、ChIP–qPCRとChIP解析においても、BCL11A結合を確認した。ZBTB7Aの結合プロファイルも同様に確認した。
  • 今回の解析と最近の関連研究によって、γ-グロビン遺伝子の近位プロモーター領域におけるHPFHに相関する非欠損型変異が胎児型ヘモグロビンの発現を維持する分子機序が明らかになった。
(*) βグロビン異常症とCRISPR技術による遺伝子治療に関するcrisp_bio記事