2021-02-21 Nature誌掲載論文の書誌情報とリンクを追加
2018-04-15 初稿
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出典
背景
  • ヒト疾患に関連する遺伝的変異情報は拡大の一途を辿っている。一方で、ヒトゲノムにおける任意の変異が表現型に与える影響の予測は容易でない。病的意義が不明な変異 (Variants of uncertain significance: VUS)は、臨床現場での遺伝変異情報活用の妨げになっている。
  • VUSの課題の典型が、DNA修復とゲノム安定性に不可欠であり、その機能喪失 (loss-of-function: LOF)変異が早発性の乳癌と卵巣癌のリスクを高める腫瘍抑制因子BRCA1である。しかし、2018年1月の時点で、ClinVarに登録されているBRCA1 SNVsの50%以上がVUSに分類され、また、生殖細胞系における3,936件のSNVsのうち、専門家が一致して‘benign (良性)’または‘pathogenic (発癌性)'と判定したSNVsは983種類に過ぎない。すなわち、臨床現場でBRCA1にSNVsが見出されたとしても、その発癌リスクや予後を判定できない。
  • VUSの課題は、異るコホートのデータを共有することである程度改善できるが解決にはならない。多数の個人の間で繰り返し見られる変異と表現型の相関からその変異の機能を推定可能であるが、新奇変異のほとんどが極めて稀なため、多くの場合機能同定には至らない。
  • VUSの課題の解決には、BRCA1in vitro機能アッセイや、アミノ酸配列の保存性に基づくin silico 推定の手段もあるがそれはそれで、膨大かつ増え続けるVUSに適応するだけのスケーラビリティーが無いことやコンテクストの中での機能判定が困難なこと、あるいは、推定精度が十分ないなどの課題を抱えている。
成果
  • ワシントン大学シアトル校の研究チームは今回、CRISPR/Cas9ゲノム編集技術を利用して、BRCA1ゲノムにおいて可能性がある全てのSNVsの機能解析を試みた。具体的のはその手始めとして、BRCA1の腫瘍抑制活性に必須な機能ドメインであり、良性か発癌性か判定されているミスセンス変異とともに〜400件のVUSまたは発癌性について矛盾した報告がされている変異が知られているRINGドメイン (エクソン2-5)とBRCTドメイン (エクソン11-13)への飽和変異導入(Saturation Genome Editing:SGE)実験を行なった。
  • アッセイは、BRCA1を必須遺伝子とするヒト一倍体細胞株HAP1の生存適応度の測定に拠った。その結果、2つのドメインにおいて発生し得る全てのSNVsの96.5%にあたる3,893件のSNVについて、データクレンジングを経て機能スコア(‘SGE scores’)を算出した (ライセンスに合意した上で利用可能なデータ検索サイト公開 https://sge.gs.washington.edu/BRCA1/)。
  • 機能スコアは二峰性の分布を示したが、2成分混合ガウスモデルを利用して、SNVsを‘functional’、‘non-functional’および ‘intermediate’の3種類に分類した。この分類は、ClinVarにおける専門家の間の一致した判定結果とほぼ整合した。
  • さらに、RNA-seqの結果から計算したmRNA発現スコア (‘RNA scores’)とSNVsのSGE scoreをもとにして配列-機能マップを作成し、機能喪失SNVsが発生する機構について考察を加え、タンパク質の機能に決定的な影響を与える数百のミスセンス変異を同定し、また、スプライシングや転写物の安定性を損なうエクソンおよびイントロン上のSNVsを数十種類同定した。
  • 今回のアッセイはHAP1細胞株の生存性に拠ったが、BRCA1以外の遺伝子にも展開可能である。