出典
  • "Design of an allosterically modulated doxycycline and doxorubicin drug-binding protein" Schmidt K, Gardill BR, Kern A, Kirchweger P, Börsch M, Muller YA. Proc Natl Acad Sci U S A. 2018 May 14.
成果
  • Yves A. Muller (Friedrich-Alexander-Universität Erlangen-Nürnberg)の研究チームは今回、コンピュータによるデザインと実験検証を繰り返すことで、セルピン (serpins)として知られているセリンプロテアーゼ阻害剤ファミリーの代表的タンパク質であるα1アンチキモトリプシン (α1antichymotrypsin: ACT)に、2種類の非天然リガンド (テトラサイクリン系抗生物質ドキシサイクリンまたは抗がん剤ドキソルビシン)の結合部位を生成し、drug-specific binding serpins (DBS)を作出した。
  • 加えて、プロテアーゼ結合を引き金とするACTの非可逆的コンフォメーション変化を利用することで、プロテアーゼ特異的なリガンド結合親和性の調節をアロステリックに実現し、DBSを標的部位で選択的に薬剤放出を実現するドラックデリバリーのツールへと展開可能なことを示した。
セルピンの特徴
  • ACTを代表としてほとんどのセルピンは、緊張状態(stressed:S)と弛緩状態 (relaxed: R)の2種類のコンフォメーションが平衡状態で共存しているが、反応中心ループ (reactive centre loop: RCL)がプロテアーゼで切断されると、RCLがβシートに取り込まれS状態からR状態へと非可逆的に遷移し(下図'R-S遷移'参照)、プロテアーゼがセルピンに囚われた状態となりそのタンパク質分解活性が阻害される。
セルピン
  • 一方で、セルピン・ファミリーの中にはプロテアーゼ阻害活性を示さないメンバーも存在する。コルチコステロイド結合グロブリン (CBG)とチロキシン結合グロブリン (TBG)は、グルココルチコイドや甲状腺ホルモンといったリガンドの血漿輸送グロビンとして機能する。CBGではプロテアーゼによるS-R遷移と、βシートと近傍の2つのαヘリックスで構成されるポケットに結合したホルモンの放出が相関することから、CBGは汎用のドラッグ・デリバリー・ツールへと展開可能とされていた (PLoS One, 2014)。
非天然リガンド結合ポケット生成
  • 非天然リガンド結合ポケットを生成するタンパク質として、CBGあるいはDBSではなくこれまでリガンド結合部位が知られていないヒトACTから出発した。はじめに、上図のβシートを標的として12残基の置換によりコルチコステロイド結合ポケットをACTに'移植'し、これをDBS-0とした。DBS-0のコルチゾール結合親和性は7.6 μMであった。
  • 続いて、側鎖のパッキングを評価するタンパク質デザインプログラムMUMBOと、等温滴定型カロリメトリー(Isothermal Titration Calorimetry) ならびに高分解能のX線結晶構造解析と構造機能相関の知識を活かしながら、残基の置換を逐次加えることで、DBS-0のポケットをドキシサイクリンとドキソルビシンが結合するポケットへと最適化し、ドキシサイクリン結合親和性80 μMを示すDBS-Iとドキソルビシン結合親和性1.8 μMを示すDBS-IIに到達した。
RCL切断にプロテアーゼ依存性導入
  • RCLの切断部位周辺への変異導入によりRCLに特定のプロテアーゼに対する感受性をもたせるこことが可能なことを示した。
  • 具体的にはDBS-IとDBS-Ⅱに、癌細胞周囲の間質で発現が亢進しているヒトライノウイルス 14 型由来 3Cプロテアーゼ(HRV3CP)とヒト内在マトリックスメタロプロテアーゼ2種類 (MMP9とMMP14)に感受性を示すアミノ酸置換を同定し組み込んだ。 
アロステリック調節機構導入
  • DBS-IとDBS-Ⅱが示すRCL切断によるリガンドの結合親和性の変化は1.3~1.4倍に止まっていた。
  • そこで、S-R遷移によってβシートに組み込まれるRCL領域内のアミノ酸変異実験からP12のアミノ酸をアルギニンに置換することで、DBS-IとDBS-Ⅱのリガンド結合親和性がいずれもほぼ10分の1に低減することを見出した。
  • 研究チームは、RCLの切断がRCLから遠位のポケットに結合するリガンドの結合親和性に大きな影響を与える変異体をそれぞれDBS-I-alloとDBS-Ⅱ-alloと称した。
  • 蛍光解析結果から見積もったプロテアーゼを引き金とするDBS-Ⅱ-alloからの遊離ドキソルビシン濃度は1μMに達し、これは腫瘍細胞を障害するに十分な濃度に相当した。
まとめ
  • ACTをスキャフォールドとしたデザイナータンパク質は、結合リガンド、RCLを切断するプロテアーゼ、および結合親和性のアロステリック調節を、それぞれ独立に選択あるいは制御可能である。
  • 結合親和性がμMのオーダーであったことは側鎖パッキングに基づくコンピュータ設計の限界を示唆しているが、今後、定向進化法(Directing evolution)による性能向上を期待できる。
デザイナー・タンパク質構造情報 PDB IDs (略称)
  • 5OM2 (DBS-I1), 5OM3 (DBS-I5), 5OM5 (DBS-I-allo1), 5OM6 (DBS-I-allo2), 5OM7 (DBS-II), 6FTP (DBS-II-allo, crystal form 1), 5OM8 (DBS-II-allo, crystal form 2). 
  • カッコ内の略称と変異導入の詳細は補足資料PDFのFig. S1参照
[crispr_bio注]
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